W. SOMERSET MAUGHAM 



 言わずと知れたイギリスの文豪。
 1874年に在仏英国大使館の顧問弁護士の子供として生まれた作者は、幼い頃に両親を亡くし、牧師である叔父に引き取られる。ドイツのハイデルベルク大学で学んだのち、ロンドンに渡って医学を修めるが、この頃から文学に目覚めた作者は
1897年に処女長編小説 "Liza of Lambeth" を出版。その後は劇作家として活動し、第一次大戦時には英国諜報部のスパイとしても活動する。1919年に出版された長編小説 "The Moon and Sixpence" により、作家としての地位を不動のものにする。
 
比較的凝った表現が多く、一つ一つの文章も長いため決して読みやすいとは言えないが、英語のテキストにもよく取り上げられる作者の文章は、正統的イギリス英語と言えそう。じっくりと味わいながら読みたい




OF HUMAN BONDAGE  10/04/10 更新

 読み易さ 
 面白さ    お勧め

幼い頃に両親を亡くしたフィリップは、牧師の伯父夫婦に引き取られて育つ。生まれつき足に障害を持つフィリップは、神学校で級友たちの嘲笑の的となり、やがて信仰心を失っていく。神学校を卒業したフィリップは、伯父の勧めに逆らってドイツに留学し、帰国後は会計事務所に見習いとして就職するが、仕事にまったく興味を持つことができない。会計事務所を1年間で辞めたフィリップはパリで絵の修行を始めるが、自分には絵の才能がないことに気付き、ロンドンに戻って医学の道を志す。そんなフィリップの前に現れたのは、行きつけのカフェでウェイトレスとして働くミルドレッドだった。ミルドレッドの素っ気ない態度に最初こそ反感を抱いていたフィリップだったが、やがて自分でもどうしようもないくらいにミルドレッドに惹かれていく。

  モームの自伝的小説として有名な作品だが、激しく面白かった。自分の足にコンプレックスを抱く内気なフィリップの気持ちは、同じく小心者の自分とだぶるところがあって、共感できる部分が多くあった。そして、フィリップがたどり着いた「人生には意味なんてない」という結論にも、ものすごく共感できる。
 しかしなんと言っても、この作品の一番の読みどころは、どうしようもないくらいに性悪な女子として描かれるミルドレッドと、卑屈なまでにミルドレッドに尽くすフィリップとの関係だろう。いいように利用され、手ひどい裏切りにあいながらも、まるで奴隷のようにミルドレッドに尽くすフィリップの気持ちは、ほんの少しだけわかるような気がする。そして、自分でも理由がわからず突然気持ちが冷めてしまうというのも、ちょっとだけ理解できる。結局のところ、フィリップは「いい人」なのだ。嫌いな相手に対しても、相手の気持ちを考えてどうしても冷たくしきれないところや、困っている人を見捨てておけず、つい面倒を抱え込んでしまうところなど、フィリップの不器用な優しさが見えてきて心が暖かくなる。機会があればぜひご一読を。(もっと詳しい感想はこちら



LIZA OF LAMBETH  08/06/14 更新

 読み易さ 
 面白さ   

物語の主人公は、ロンドンの下町ランベスに住むライザ。若くて美しく、快活なライザは、町の人気者だった。内気なトムはそんなライザに思いを寄せるが、ライザの態度はいつもつれない。そんなある日のこと、ジムという妻子持ちの男性がランベスに引越してくる。積極的なジムの態度に最初こそ戸惑いを感じるライザだったが、いつしかジムに惹かれていき、お互いに愛し合うようになる。人目を忍んで逢瀬を重ねる二人だったが、やがて町の人たちが二人の仲に気付いてしまう。ジムの浮気に激怒した夫人により、ライザに悲劇が訪れる。

 モームの記念すべきデビュー作。
 登場人物のセリフがすべて方言で書かれているので読みにくいが、いかにも下町の人間臭さが出ていてそれなりに面白い。ライザのキャラクターも、若い女子に特有の傲慢さや純粋さがうまく表現されていて、このあたりはさすがにモームだと感じる。内気なトムや強引なジム、アル中の母親など、脇役たちの書き分けもうまい。
 この作品には、いわゆるドメスティック・バイオレンスの描写も出てくるが、この時代では夫の暴力は当たり前のことだったらしい。大都市ロンドンといえども、やはり下町には気性の荒い人間が多かったようで、暮らしのレベルがそのまま人間のレベルにも影響してしまうのは、世界共通のことなのだろう。



THE HOUR BEFORE THE DAWN  07/12/01 更新

 読み易さ 
 面白さ   

英国陸軍少佐のロジャーと結婚したメイは、優しい夫と家族に囲まれて幸せな生活を送っていた。しかし、常に仕事で忙しいロジャーに不満を抱くメイは、ロジャーの友人であるディックと恋に落ちてしまう。そんなとき第二次大戦が勃発し、ロジャーは戦地に赴く。やがてロジャーが戦死したという報せを聞き、メイは夫の死を悲しむと同時に喜んでいる自分に気付き、複雑な心境に陥る。しかし、疲れ果てながらも無事に帰ってきたロジャーを出迎えたメイは、罪の意識に苛まれ、ディックとは別れることを決意する。ロジャーの帰還に喜びに沸く一家だったが、ロジャーの弟であるジムがオーストリア人のドラを愛してしまったことから、一家は悲劇に襲われる。

 約1名を除き、登場人物がすべていい人ばかりなので、最初は読んでいて少しばかり物足りなさを感じた。しかしその分、後半に入ってからの押し寄せるような悲劇の連続には思わず引き込まれた。戦争の悲劇というものは、善人にも悪人にも平等に襲ってくるということか。このあたりの、決してきれいごとだけでは済まさないところが、モームのうまさなんだろう。
 それにしても、一番かわいそうなのは、やっぱりロジャーだ。明朗快活にして愛国心が強く、男前で家族思いで行動力もあるという、ほとんど完璧な人間でありながら、一番愛する妻に愛してもらえないとうのは何とも皮肉なことだ。モームの作品を読むたびに、女心は本当にわからないものだと感じる。



COLLECTED SHORT STORIES, VOLUME 4  07/07/07 更新

 読み易さ 
 面白さ   

30編の短編が収められた作品集。

 どの作品も面白いが、中でも "The Kyte"、"The Lotus Eater"、"The Outstation"、"Neil Macadam"
の4編が特に面白かった。
 "The Kyte" は、たかが凧ひとつでそんな大げさな、と思う反面、そういう気持ちになるのもわからなくはないと感じるリアルさがある。"The Lotus Eater" は、人は生に執着するから生きていたいのか、死が怖いから生に執着するのか、ということを考えさせられた。"The Outstation" と "Neil Macadam" は、どちらも独特の怖さがあって面白い。特に "Neil Macadam" は、狡猾な女の怖さと、純真な青年の純粋であるがゆえの怖さがよく描かれている。独特な読後感の怖さはこの作品がピカイチ。
 とにかく、モームの短編はどれを読んでもほとんどはずれがない。面白い短編を読みたければ、まずはモームを読むべし。

 



THE SUMMING UP  07/01/06 更新

 読み易さ 
 面白さ   

モームがこれまでの人生を振り返りながら芸術や文学について語る自伝的回想録。

 モームの自伝ということで期待して読んだところ、実際は小難しい芸術論、文学論、宗教論、人生論といった感じで、ほとんど理解できなかった。かろうじて理解できたのは、モーム氏は人付き合いが下手だったということくらい。この非社交的な性格こそが、あの天才的ともいうべき人間観察の鋭さにつながっているのかと納得。



THE MAGICIAN  06/10/22 更新

 読み易さ 
 面白さ   

外科医のアーサーは、17歳のマーガレットと婚約をする。式を間近にひかえたある日、オカルトを研究しているアーサーの友人ポロエの紹介で、アーサーとマーガレットは自称魔術師を名乗るオリバーという男と知り合う。マーガレットの友人スージーも加わって、魔術に関するオリバーの話聞くが、理論家のアーサーはまったく相手にしない。そんなアーサーの態度を見たオリバーは、マーガレットに魔術をかけて彼女と結婚してしまう。驚いたアーサーはマーガレットを取り戻そうとするが、マーガレットの心はすっかりオリバーの魔術にかかっていた。ポロエとスージーもアーサーに協力し、魔術師オリバーとの対決が始まる。

 モームとしては間違いなく異色といえるオカルト作品。
 オカルトとはいえそこはモームのことだから、最後は人間の心理を深く描いたオチになるだろうと思いながら読んだところ、結局最初から最後までオカルトのままだった。モームのオカルト作品とはかなり意外。純粋なホラー作品として読んだ場合、ストーリーやオチにもう少し強烈なものがほしいと感じる。ただし、この作品には映像的な描写が多いので、映画にしたら面白いんじゃないかと思った。モームということを意識せずに読めば、そこそこ楽しめる作品ではあると思う。



COLLECTED SHORT STORIES, VOLUME 2  05/04/07 更新

 読み易さ 
 面白さ   

モームのシニカルな視線が冴える短編集。

 やっぱりモームの短編は面白い、素直にそう思える短編集。
 普通の人たちの普通の生活を題材にして淡々と描写した小説がこれほど面白いのは、モームのシニカルな視線のせいなんだろう。この短編集のベストを選ぶとしたら、"The Creative Impulse" を選ぶ。そのオチを読んで、「小説は面白くなければ意味がない」というモームの信念に触れたような気がする。



UP AT THE VILLA  05/03/10 更新

 読み易さ 
 面白さ   

若くして夫を亡くした未亡人のメアリーは、親子ほども歳の離れたエドガーからプロポーズされる。三日間だけ待ってほしいと答えたメアリーは、その夜オーストリアから亡命してきた若くて貧しい青年カールと出会う。カールに対する同情から一夜をともにしたメアリーだったが、哀れみを受けたカールは激怒し、銃で胸を撃って自殺をしてしまう。突然の出来事にパニックに陥ったメアリーは、プレイボーイの友人ローリーに相談し、二人でカールの死体を森に遺棄してしまう。罪悪感に悩むメアリーはエドガーのプロポーズにどう答えるのか。

 自殺と死体遺棄というかなりショッキングな設定だが、そこはモームのこと、陳腐なサスペンスではない。さすがはモーム、何気ない描写が抜群にうまい。
 社会的地位も名誉もあり、周囲から信頼され尊敬されているエドガーが見せる一瞬の表情や声音の変化で、エドガーの本当の気持ちを実に巧みに描写している。口ではきれいごとを言いながら、自分でも気づかないうちに表情に出てしまうことはあるよなあ、などと思い切り納得した。作家という人種は人間観察の天才だと思うが、モームは人間観察の神様かもしれない、そんなことを思わせてくれる作品。



THE MOON AND SIXPENCE  04/04/01 更新

 読み易さ 
 面白さ    そこそこお勧め

40歳にして画家を志し、それまでの安定した生活や家族を捨ててロンドンからパリに渡ったストリックランド。赤貧にあえぎながらも自分の理想とする絵を描き続けるストリックランドは、その傲慢な性格のために、周囲の人間とさまざまな衝突を繰り返す。やがてタヒチに渡ったストリックランドは、病に侵されながらも最後の情熱を壮大な壁画にぶつける。

 画家ゴーギャンをモチーフとした、モームの代表作。あくまでもモチーフにしただけであって、内容はまったくのフィクションらしい。
 それにしても、このストリックランドの傲慢さと言うか、冷徹さは徹底している。自分の命の恩人である友人の妻を奪っただけでなく、その女性を自殺に追い込んでも、まったく良心の呵責を感じないという冷徹さ。まったく、芸術家ってのはそんなに偉いのか。周りの人間を不幸にしてまでも追い求めなければいけないくらいに、芸術ってのは価値のあるものなのか。などと、思わず熱くなってしまうくらいにストーリーに入り込んでしまった。つまりはそれだけ面白かったということだ。



COLLECTED SHORT STORIES, VOLUME 1  04/03/04 更新

 読み易さ 
 面白さ   

喜劇あり悲劇ありの、バラエティ豊かな30篇の作品を収めた短編集。

 思わずクスリと笑える "The Luncheon" や "The Escape" などの作品がある一方、かなりシリアスな "The Pool" や "The Unconquered" などの作品もあったりして、非常に楽しめる短編集。
 自分みたいな素人が言うのもおこがましいが、やっぱりモームはうまい。冒頭から後半まで、ひたすらに緻密な描写でストーリーを進めておいて、ラストで一気にオチをつけるスタイルは、まさに名人芸。どの作品も面白いが、あえてベストを選ぶとすれば、"THE POET" だろう。とにかくオチがバカバカしいくらいにくだらなくて、思わず大笑いした。これほどまでにくだらないネタをこれほどまでに大真面目に書かれると、もう笑うしかない。爆笑必至。



COLLECTED SHORT STORIES, VOLUME 3  04/01/25 更新

 読み易さ 
 面白さ   

舞台は第一次世界大戦渦中のヨーロッパ。作家という身分を隠れ蓑にしてスパイ活動を展開する、イギリス人のアシェンデンを主人公にした連作短編集。

 スパイ小説とは言ってもそこはモームのこと、派手なアクションなどあるはずもなく、淡々としたタッチでストーリーが展開されていく。どの作品も独特の味があって面白いが、ストーリー展開に直接関係ない人物が、さも重要なキャラクターであるかのように冒頭部分で登場するところが少しばかり気になった。何かしらの意味があるのだとは思うが、自分には何の意味があるのかまったく理解できなかった。「この人物は要チェックだな」などと思って読み進めると、あっさりと肩透かしをくらってしまう。
 しかし "Sanatorium" という作品は、各登場人物がぴたりとストーリーにはまって、面白いしわかりやすかった。全部これくらいわかりやすくて面白ければいいのだけれど。



SOMERSET MAUGHAM'S BEST STORIES  04/01/16 更新

 読み易さ 
 面白さ   

"Rain" と "Red" の2作を収めた、モームの短編集。

 なるほど、さすがにうまい。最後のオチが憎いくらいに決まっている。最後のオチで読ませる作品というのは、たとえある程度のボリュームがあっても、ショートショートとして分類されるべきだと自分は思っていて、そういう意味ではこの2作は短編でありながらも、実際は見事なショートショートだと思う。
 ただ、ラストに至るまでの描写が緻密なので、オチだけで読ませる作品ではないところが、短編の名手としてモームが賞賛されている理由だろう。特に "Rain" はバカバカしいくらいのオチでありながら、そのバカバカしさがかえって気持ちいい。思わずにやりと笑ってしまった。これはお薦め。



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