F. SCOTT FITZGERALD 




 「失われた世代」を代表するアメリカの作家。
 1896年にミネソタ州で生まれた作者は、プリンストン大学在学中に第一次世界大戦に従軍し、この頃から小説を書き始める。終戦後、本格的に執筆活動に入った作者は、1920年に出版された「This Side of Paradise」で一躍脚光を浴びる。それをきっかけに結婚した作者は、短編小説を中心にヒット作を出版し、私生活もどんどんと派手なものになって行くが、離婚を機に生活が破綻し、心臓発作により1940年に短い生涯を終える。
 作者の作品の最大の特徴は、いわば「バブル期」とでも言うべき1920年代のアメリカの時代背景にある。よく言えばきらびやか、悪く言えば退廃的なこの時代の雰囲気が、作者の描く作品の背景になっているらしい。作者の私生活と重ね合わせて読むのも面白いかも。




BABYRON REVISITED
  
13/12/15 更新

 読み易さ 
 面白さ   

1920年代から1930年代にかけて書かれた10作の短編を収めた短編集。

 表題作の「Babyron Revisited」は、アルコールで一度失敗した男が、自分の娘を引き取るために頑張って立ち直るという話で、ラストの理不尽さがなかなか面白かった。Winter Dreams」は、自分が若い頃に散々振り回された美しい女性が、別の男性と結婚したとたんに老け込んで美貌を失ってしまい、それを知った男性が絶望に陥るという話で、独特の余韻が残る。The Long Way Out」は、ショートショート並みに短い作品ながら、夫の死を受け入れることができず、毎日夫の迎えを精神病院の玄関で待つ女性の姿が痛々しい。
 そのほかにも、フィッツジェラルドらしい作品が揃っていて、なかなか読みごたえのある短編集だと思う。



THE BEAUTIFUL AND DAMNED
  
09/12/19 更新

 読み易さ 
 面白さ    そこそこお勧め

物語の舞台は1910年代のニューヨーク。大富豪のアダムを祖父に持ち、ハーバード大学を卒業して何不自由なく暮らすアンソニーは、絶世の美女グロリアと出会い恋に落ちる。やがて結婚した二人は、仕事もせずに毎晩のように友人たちを集めてはパーティーを開く。一向に定職に就こうとしないアンソニーを心配したアダムが突然訪ねてきたときも、運悪くパーティーの真っ最中だった。その様子を見たアダムは何も言わずに帰ってしまい、その後間もなく死亡するが、アダムの遺書にはアンソニーへの遺産の譲渡については何も書かれていなかった。莫大な遺産を当てにしていた二人は慌てて不服申し立てを行うが、これをきっかけに二人の生活は荒れ始め、グロリアは衰えていく美貌を嘆き、アンソニーはさらにアルコールに溺れていく。

 デビュー2作目となるこの作品は、邦訳されていないこともあってあまり知られていないが、フィッツジェラルドの作品では"The Pat Hobby Stories"と同じくらいに面白かった。わがままなグロリアと、甘ったれのアンソニーがよく描けていて、特にラストのアンソニーの壊れっぷりが見事だと思う。
 これは、作者が25〜26歳くらいの作品だが、この頃から自分の晩年を予想していたのかと思うくらいのリアリティがある。特に、アンソニーがアルコールに溺れていく描写は見事だ。25〜26歳の頃といえば、目の前には無限の可能性が開けて希望に満ち溢れた時期のはずなのに、ここまで陰鬱な作品を書くというのはある意味ですごいことだと思う。きっとフィッツジェラルドは、作中のアンソニーに自分を重ね合わせながらこの作品を書いたのだろう。そう思いながら読んでみると、なんとも言えない気分になる。



THE DIAMOND AS BIG AS THE RITZ
AND OTHER STORIES  
06/10/09 更新

 読み易さ 
 面白さ   

表題作を含む7編の短編からなる作品集。

 相変わらず暗い作品が多い中で、表題作の「The Diamond as Big as the Rittz」だけは毛色の変わった作品でなかなか面白かった。誰にも知られずにアメリカの山奥に住む大富豪をめぐるこのお話は、大人の童話ともいうべき作品だと思うけど、その寓話的なストーリーのために読みやすくてわかりやすい。フィッツジェラルド氏もこんな作品を書くことがあるのかと、少し意外な感じがした。ただ作品のテーマとしては、成金人間の金や欲に対する醜さが描かれていて、なるほどフィッツジェラルド氏らしいと感じさせる内容になっている。



TENDER IS THE NIGHT
  
06/06/07 更新

 読み易さ 
 面白さ   

主人公は34歳の精神科医ディック。フランスで知り合った18歳の女優ローズマリーから一方的に告白されたディックは、妻の二コールを気遣って彼女の思いを断る。二コールには、子供の頃の事件が原因で精神分裂病を患い、ディックの勤務するクリニックで治療を受けていた過去があった。完治したかに思えた症状がぶり返し、心を痛めるディック。それから4年後、ローズマリーと再会したディックは彼女と関係を持ってしまうが、結局は二コールの元に戻る。しかし、それからアルコールに溺れるようになったディックは、仕事もうまくいかず、二コールとの関係も冷え込んでしまう。立ち直るきっかけがつかめないまま、ディックは破滅への坂道を転げ落ちていく。

 最初の3分の2があまりにも退屈。誰からも好かれるナイスな男子のディックと、誰からも好かれるナイスな女子のローズマリーとの恋愛ストーリーを読まされたところで、もてない自分は歯ぎしりするばかりでさっぱり面白くない。さらに、なぜディックがアルコールに溺れるようになったのか、その原因もよくわからない。つまりは、主人公のディックにまったく共感できなかったということだ。
 そう言いながらも面白さの評価でを付けているのは、ラストのディックの情けなさがなかなかナイスだったから。共感はできないが、ディックの心境は微妙にわかる気もする。ただし、この作品を書いたときの作者の心境はわからない。後悔なのか、それともあきらめなのか。いずれにしろ、こうした心境は理解できないほうが幸せなのだろう。



THE PAT HOBBY STORIES
  
05/08/03 更新

 読み易さ 
 面白さ    そこそこお勧め

落ち目の脚本家パット・ホビーを主人公にした、17編からなる連作短編集。無声映画の時代には派手な暮らしをしていたパットも、今では仕事にありつくのさえやっとという状態。過去の栄光を懐かしみながら、その日暮らしで生きていくパットの日常をコミカルに、そして切なく描きだす。

 落ち目のパットがなんとも情けなくていい。小銭目当てにいろんなセコイことを計画しては失敗するその情けなさが素敵だ。基本的にはコメディだが、読んでいてふと切なくなる部分もあって、そのあたりのバランスが絶妙だ。読む前はそれほど期待していなかっただけに、これは意外な掘り出し物だったかもしれない。
 この作品は作者の晩年に書かれたもので、アルコールに溺れて自堕落な生活を送る自分と主人公のパットとを重ね合わせて書いたものであろうことは容易に想像できる。フィッツジェラルド氏の作品はどれも「情けない自分」というものを色濃く出していて、読んでいて少しばかり痛々しい。




THIS SIDE OF PARADISE
  
05/07/10 更新

 読み易さ 
 面白さ   

主人公エイモリーのプリンストン大学での生活を中心に、恋愛や友人関係を通して、虚栄心に満ちたエイモリーの苦悩が描かれる。

 作者のデビュー作。作者自身もプリンストン大学の出身ということで、おそらくは自伝的要素の強い作品。
 正直なところ、激しくつまらない。こういう青っ洟垂らしたようなガキが一人前の顔をして悩んでいる姿を書かれても、どうにも楽しみようがない。エリートでルックスもよくて、おまけにモテモテなのに、いったい何を悩む必要があるのか。作家という人種は、いかにもな顔をして自分の悩みを美化して書くからタチが悪い。
 なんて書くとフィッツジェラルド氏のファンからお叱りを受けそうなので、ちょっとだけフォローを。J.D.Salinger の「The Catcher in the Rye」(ライ麦畑でつかまえて)に少しだけ雰囲気が似ているので、その手の作品が好きな人なら楽しめるかもしれない。



THE CRACK-UP
WITH OTHER PIECES AND STORIES  
05/06/08 更新

 読み易さ 
 面白さ   

自伝的なエッセイ5編と、短編5編を収めた作品集。

 作者晩年の作品集ということで(晩年とは言っても、40歳くらいのときの作品)、かなり暗い作品ばかり。いままさに破滅を迎えつつある作者が、過去の栄光を振り返ってグチるといった感じで、読んでいてなんとも重い。特にエッセイは文章が難しいせいもあって、読んでいてまったく楽しくない。自分の不幸を書いて金を稼ぐのが作家の特権だとは思うが、ここまで暗いと少しばかり引く。
 そんな中でも、「Gewtchen's Forty Winks」という短編は、ユーモアが効いていてなかなか面白かった。フィッツジェラルド氏も、こんなしゃれた作品を書けるのかと、少しだけ驚いた。小難しくてつまらないエッセイは、読むだけ時間の無駄。



THE GREAT GATSBY
  
 
05/06/02 更新

 読み易さ 
 面白さ   

物語の舞台は1920年代のアメリカ上流社会。5年前に恋人のデイジーと別れて以来彼女のことが忘れられない青年ギャッツは、名前をギャツビーと変え、大金を稼いで貧しかった過去も作り変え、華やかな上流社会の紳士へと変身する。5年ぶりにデイジーに再会したギャツビーは、彼女の心を取り戻そうとするが、デイジーにはすでに夫も子供もいた。そんなデイジーを一途に愛するギャツビーを待っていたのは、悲しい結末だった。

 いいヤツじゃん、ギャツビーって。それに比べて、デイジーとその夫のトムのなんと醜いことか。
 それにしても、作者はこの小説を通じて何を言いたかったのか。身分の違う男女は結局結ばれないとか、金持ちは実は醜い人種であるとか、そういう陳腐なことを言いたかったのか。まあ作品さえ面白ければ、作者の意図なんて別にどうでもいいこと。
 この作品の主人公はもちろんギャツビーだが、実はこの作品の語り手であるニック自身の物語でもあるという見方もできるかもしれない。最後までギャツビーの味方であったニックも、ギャツビーと同様に「いいヤツ」だと思った。さすがに名作だけのことはある。暇があったらぜひご一読を。



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