人並みに新婚旅行なんぞに行くことになった。

はっきり言って、自分はあまり旅行には興味がない。旅行に行く金があったら迷わず夜の歌舞伎町に向かう。自分はそんな人間だ。しかし、さすがに新婚旅行が夜の歌舞伎町ではまずかろう。とりあえず彼女と相談することにした。

「旅行だけどさ、熱海あたりでいいよね?」
「何つまらない冗談言ってるのよ」
「(いや、かなり本気なんだけど、とは言えず)いや、でも国内でいいよね?」
「せっかくなんだから海外に行こうよ。公然と長期休暇が取れることなんて、この先ないかも知れないんだから」
「うーん、それもそうか」

こうなったら後は彼女のペースである。
色々な旅行会社のパンフレットを見せられたが、海外旅行の経験がない自分にとってはどれも同じに見える。結局、「どこでもいいや、適当に決めて」ということになってしまう。自分はとにかくいい加減な人間なのだ。

このいい加減さは何も今に始まったことではない。
結婚式の段取りを決めるときも、「うーん、よくわからないなあ。適当に決めていいよ」という台詞を連発して、細かいことはすべて彼女に任せ切りだったのだ。まあ、悪く言えばいい加減、良く言えばおおらかで度量の広い人間なのだ。大目に見てくれ。なんて台詞では済まされないくらいに、彼女には迷惑をかけてしまった。ってことでこの場で謝っておこう。すまんな、相方。


目的地がフランスに決まってからも、旅行の準備は彼女に任せたままだった。と言うより、思い切り素人の自分を見かねて、彼女がせっせと準備を進めてくれたという方が正しい。


「スーツケースは親戚のおばさんのがあるから、それを使えばいいよ」
出発を間近に控えたある日のこと、彼女にそう言われた自分は真面目にこう答えた。

「いや、俺はスーツケースなんて要らないよ。いつも洗濯物を入れてコインランドリーに行く黒のバッグで充分だから」

彼女は一瞬絶句した後、笑いながら言った。

「あんなよれよれのバッグなんてだめだよ。長い距離を飛行機に乗せられて運ばれるんだから、あんなバッグじゃ、ちゃんと現地まで着くかわかったもんじゃないよ。大体ね、海外旅行ってものはスーツケースで行くものなの。あんな貧相なバッグを抱えた人なんて見たことないよ」

そうなのか、海外旅行はスーツケースで行くものなのか。知らなかった。はっきり言って、本気でよれよれのバッグで行こうと思っていたのだ。我ながらかなりの大物だ。いや、こういう無知な男子と一緒になろうと決意した彼女こそ大物だ。心から尊敬する。


そんなこんなで、すっかり舞い上がりながらスーツケースに着替えを詰め込み、翌朝の出発の準備を終えて床に着いた。はたしてこんなにど素人の自分が、いきなりおフランスになど行ってもいいものか。そんな不安をよそに、旅行初日の朝は白々と明けた。




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