青春の貧乏自慢・完結編 




さて、完結編である。

遠い昔の記憶を辿りながら書いているので、時間がかかってしょうがない。なるべく記憶に正確に書こうと思っているのだが、書くに連れて「あれ、これは違うかな」とか、「たしかこうだったよな」なんて感じで、なかなか筆が進まない。ということで、多少の記憶違いもあるとは思うが、細かいことは気にせず一気に書いてみよう。

<前回までのあらすじ>
大学入学のために上京してきたその青年は貧乏だった。生協の150円カレーと、「大仙」のニラレバ定食ライス大盛を常食としながら、カーテンすらない部屋でつつましく暮らす青年。そんなある日、「学生ローン」の怪しい看板をくぐった青年は、思いがけず10万円もの借金を背負うことになったのである。
そんな青年を衝撃的な事件が襲った。「学生ローンの師匠」とも言うべきY君が、いきなり”飛んで”しまったのである。


学生ローンで10万円の借金を背負い、毎月利息分だけを払ってその日暮らしをしていた自分は、久し振りにY君に会った。心なしか、Y君の頬がこけているような感じがする。

「やあ、久し振り。どう、最近遊んでる?」
「あ、永橋か。お前の方こそどうなんだよ。この前会った時は、金がないなんてピーピー言ってたみたいだけど」
「うん、Y君に教えてもらった通りに学生ローンに行ってきたよ。案外簡単に借りられるもんだね」
「ああ、学生ローンか。ありゃ止めた方がいいぞ」
「え、何で?”安心・確実”って言ってたのはY君じゃない」
「もちろん安心・確実だけどな。ただ、奴らシブいんだよ。この前俺が借りに行ったら、”お客様、他店でも借りてますね?当店でお貸しできる限度額を超えていますので、もうこれ以上のご融資は出来かねます”なんて言いやがって」
「え?Y君そんなに借りてるの?それってちょっとヤバイんじゃないの?」

胸ポケットからくしゃくしゃになったセブンスターを取り出し、100円ライターで火を付けたY君は、自分の質問を無視して遠くを見つめながら言った。

「学生ローンじゃあもう貸してくれないから、”武富士”で借りたよ」

なんと、ついにサラ金にまで手を出してしまったらしい。
煙をくゆらせながら遠くを見つめるY君は、言葉を失った自分のことなど眼中にないかのように、さらに言葉を繋いだ。

「サラ金は良いぜ。何たって、記念品としてポケットティッシュとシステム手帳をくれるからな」


違う、それは違うぞY君!
ポケットティッシュとシステム手帳を100セットもらう以上に、法外な金利を払う羽目になるんだぞ!

「もし金に困ることがあったら、連絡しろよ。良いサラ金紹介してやるよ」

そう言い残してY君は去っていった。
いや、自分は結構。学生ローンだけで四苦八苦しているのに、これ以上の借金はごめんだ。


次にY君に会ったのは、自分が大学3年生になった時だった。
1年近く会わなかったY君は、この前会った時よりもさらにやつれているように見えた。

「やあ、久し振り。最近ずっと見なかったけど、どうしてたの?」
「あ、永橋か。お前の方こそどうなんだよ。この前会った時は、金がないなんてピーピー言ってたみたいだけど」

1年前に会ったときと同じ挨拶の文句を口にするY君。大丈夫だろうか?

「うん、何とか学生ローンの借金は返したよ。ちょっと大変だったけどさ。そういうY君は?武富士はどうなったの?」
武富士か。ありゃ止めた方がいいぞ」
「え、何で?武富士で借りるとシステム手帳がもらえるぞ、なんて言ってたのはY君じゃない」
「もちろんシステム手帳はもらったけどな。ただ、奴らシブいんだよ。この前俺が借りに行ったら、”お客様、他店でも借りてますね?当店でお貸しできる限度額を超えていますので、もうこれ以上のご融資は出来かねます”なんて言いやがって」
「え?Y君そんなに借りてるの?それってちょっとヤバイんじゃないの?」


これはデジャブか?
一年前に会った時と全く同じ会話が展開されていることに気付いた自分は、率直な疑問をY君にぶつけた。

「ひょっとして、サラ金でもブラックリストに載ったってこと?それってヤバイよ」

胸ポケットからくしゃくしゃになったセブンスターを取り出し、100円ライターで火を付けたY君は、自分の質問を無視して遠くを見つめながら言った。

「サラ金じゃあもう貸してくれないから、”ヤミ金”で借りたよ」

これはデジャブか?
一年前に会った時と全く同じY君の反応に戸惑いながら、心の中で叫んだ。

それって限りなくヤバイよ、Y君!学生ローンで借りていた頃の純真な君に戻ってくれよ!


サラ金に詳しくない良い子のために、「ヤミ金」なる悪徳サラ金のシステムについて簡単に触れておこう。

学生ローンにしろサラ金にしろ、融資をする前に、まずはその客の他店での融資歴をチェックするのが常識だ。客の個人情報を入力してキーを叩くだけで、一発で照会できてしまう。この辺りのネットワークは非常に(あるいは非情なまでに)充実している。金を貸す側からすれば、一番避けたいのが「貸し倒れ」であるから、当然と言えば当然であるが。

Y君のように複数店から借りている場合には、この「貸し倒れ」を恐れて、まず間違いなく融資は断られてしまう。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、そんな借金漬けのY君にも、まだ融資の道は残されている。それが「ヤミ金」である。

「当店ではご融資できませんが、Y様の条件でも融資が可能な店がございます。多少の手数料はかかりますが、その店だったら即日のご融資が可能です」
とかなんとか言って、客をその「ヤミ金」に連れていくのである。薄暗い雑居ビルに連れ込まれると、カウンターにはパンチパーマの押し出しの強い紳士が座っている。素人目にも「その筋のお方」とわかるくらいの風貌である。

「ずいぶんと借りてるんだねえ。これじゃ、他の店が貸し渋るのもわかるよ。でもウチは人物本意だからね。あんたなら信用できそうだから融資するよ。で、いくら必要なの?」
なんて、ドスを効かせた声で尋ねる。見た目思い切りヤクザ様から「信用できそうだから」なんて言われると、つい「この人って実は良い人なのかも」と思ってしまう(らしい)。
思わず、「えっと、30万ほど借りたいんですが」
と答えると、その場で気前良く耳を揃えて貸してくれる。

ほっとして店を出ると、「ヤミ金」を紹介した「サラ金」野郎が、ガラリと態度を変えて、
「じゃあ、紹介手数料として3割をもらっておくよ」
と言いながら、30万円の札束から9万円を抜き取って足早に去っていくのである。

これが、「サラ金」と「ヤミ金」との巧妙なシステムの全貌だ。
もちろん、この9万円のうちの何割かが「ヤミ金」にキャッシュバックされるのは言うまでもない。最初から巧妙に仕組まれたお芝居なのである。ああ、怖いったらありゃしない。

理不尽な手数料を持っていかれた後でも、元本はそっくり30万円分が残る。当然のごとく、毎月の支払いはますます過酷になる。こうなってしまったら、もう学生の身分で返済することは不可能である。

「Yのヤツ、”飛んだ”らしいぜ」
そう教えてくれたのは、麻雀仲間の友人だった。自分がY君に最後に会ってから半年も経たない頃のことだった。

ちなみに”飛ぶ”とは、麻雀用語で”破産”という意味。自分の持ち点が底をつき、ゲーム続行不可能に陥った状態を表す。飛んでしまった人間は、「トビです」と言って空の点棒箱を示し、ゲームの終了を宣言する。飛んでしまった屈辱をギャグでごまかそうと、空になった点棒箱を頭にかぶったりすることから、別名「ハコかぶり」とも言う。

まったくの余談だが、当時の麻雀仲間内で、”飛ぶ”たびに頭にハコをかぶって、「飛びます飛びます」と御大・坂上二郎のギャグをかましながら、麻雀卓の上からジャンプして天井に頭をぶつける、という身体を張ったギャグを敢行するのが流行っていた。壁の薄いアパートでこれをやるのだから、周囲の住人はさぞ迷惑だったことだろう。すまん、謝る。あの頃は若かった。でも、楽しかった。


Y君と麻雀を打つことはあまりなかったが、夜の歌舞伎町や六本木には何度か連れていってもらったことがある。
「オレ、Y君に一生ついていくよ」
アルコールでロレツの回らない舌で、Y君の財布にたかったことも一度や二度ではない。すまん、Y君。自分がたかった金の一部がサラ金に消えたのだとすれば、自分も君の失踪の一因を担ってしまったことになるね。本当にすまん。

でも、あの頃の君は輝いていた。六本木の高級店で、指の切れそうな真新しい一万円の札束を惜しげも無く財布から抜き出す君は、本当に輝いていた。「一生ついていくよ」と言ったのは決して嘘じゃない。
嘘じゃないけど、やっぱり借金生活はごめんだ。「金の切れ目が縁の切れ目」って言葉もあるさ。悪く思うなよ。


その後、風の便りで聞いたところによると、Y君の借金は実家にバレてしまい、結局は「自己破産」という形で決着したらしい。おそらくY君の借金は数百万円にのぼるだろうから、「自己破産」という方法は必然だったのかも知れない。
「自己破産」という言葉は、その当時聞きなれないものだったが、最近では日常茶飯事のごとく目にしたり耳にしたりする。そういう意味においては、Y君こそが「自己破産」のパイオニアだったと思う。
ありがとう、Y君。君のおかげで、サラ金の怖さを身をもって知ることができた。本当にありがとう。


これにてY君の「貧乏自慢」ストーリーはおしまい。
これをネタにすることはY君には承諾を得ていないので、何とも心苦しいが、この駄文がY君の目に触れることはきっと無いだろう。この文章を読んだ貴方も、他言無用だ。自分と貴方だけの秘密にしておいてもらいたい。

さてと、Y君の話が片付いたところで自分の話に戻ろうか。

地道なアルバイトを続けながら、何とか学生ローンに借金は返したのだが、実はそれ以外にも「丸井のキャッシング」で借金をしていたことがある。
懐が寂しくなる度に、丸井の各店舗に置かれているキャッシュディスペンサーで赤いカードを差し込み、数枚の万札を引き出していた自分。手続が簡単なだけにタチが悪い。
友人と飲みに行く前なんかに、「あ、ちょっと待ってて」なんて言いながら、丸井のCDに駆け込むだけで財布は潤ってしまうのだ。たったカード一枚で、いくらでも万札を引き出せてしまう快感。


おそらく全盛期(?)には、借金の総額は30万円くらいに膨れ上がっていたと思う。
Y君の数百万円の借金に比べれば何てことのない額であるが、わずかな仕送りしか受けていない自分にとっては、かなりきついものがある。
「Yの次に飛ぶのは、永橋じゃないか?」
なんて、冗談混じりに酒場のネタにされたこともあった。

大学卒業を目前に控えた、初冬のある日。
自分は一発逆転を機して、過酷なアルバイトに身を投じた。それは「深夜の道路工事」。

環八を挟んで、下井草から上井草を走る早稲田通りの道路工事のアルバイトだった。
従業員が10人足らずの零細建設業者だったが、役所からの直受けの仕事だった。測量補助の仕事や、事務所での図面書きの手伝いなど、わずか500mの道路工事とは言え、実際の工事に取り掛かるまでは山ほど仕事がある。
卒業に必要な単位は体育実技を除いてすべて取り終えていた自分は、毎日朝8時から夕方5時まで、まるでサラリーマンのように規則正しく出勤した。

バイトの日給は8000円で、当時の相場からすれば悪くはなかった。それまでの二ヶ月のバイトで30万の借金はきれいに返すことが出来た。ここで止めても良かったのだが、自分には借金返済という目標の他に、もう一つ大きな目標があった。それは「自動車免許の取得」。

とにかく免許が欲しかった。

周りの友人は皆んな当り前のように免許は持っていたのに、自分だけなかった。ドライブに行くときにも、自分はいつも後部座席に座り、颯爽とハンドルを切る友人を羨ましく眺めていた。
何としても免許が欲しい。就職してからでは教習所に通う時間など、そう簡単に取ることは出来ないだろう。チャンスは大学生活最後の春休みしかない。そう考えた自分は、社長にお願いして、深夜の工事現場で働かせてもらうことにした。深夜の道路工事の日給は12000円。
当時の免許取得にかかる費用の相場は、およそ20万円だったと思う。
道路工事の期間は2週間だったから、自分が稼ぐことの出来る金は、日給12000円×14日=168000円。
20万円にはわずかに足りないが、これまでに貯めた金でなんとかなるだろう。

この頃には、毎晩颯爽と車を運転する自分の姿を毎晩のように夢に見た。運転する車のブレーキが効かず、道路脇のガードレールに突っ込むというお定まりのオチつきの夢を。


工事現場には田舎の中学から集団就職でやってきたと思われる洟垂れ小僧がいる反面、今にも死にそうな腰の曲がった初老のオヤジがいたりで、何ともカオスな現場だった。

乱暴な運転をする無法ドライバーたちが残した轍(わだち)のために深く削られたアスファルトを掘り返して、新たにアスファルトを敷き直すという作業なのだが、この「出来たてホヤホヤ」のアスファルトが何ともありがたかった。
真冬の深夜はとにかく寒い。身体を動かしている間は良いのだが、ユンボ(アスファルトを掘り返す重機)や、ローラー(アスファルトの表面をならす重機)が活躍している間は作業がストップし、自分たち下っ端作業隊は道路脇での待機を余儀なくされる。とたんに身体が冷える。

重機の作業が一段落すると、下っ端作業隊の出番だ。今敷かれたばかりのアスファルトの熱気が冷えた身体に嬉しい。自分の横でアスファルトの瓦礫を一輪車に積み込むオヤジが、「道路工事は冬の方がなんぼか楽だっぺ。真夏のアスファルトの熱さったらねえからよお」と誰に言うでもなく呟くのを聞いて、なるほどと納得する。それと同時に、真冬の道路工事を楽だと感じるような人生だけは送りたくないとも思った。


こうして2週間にわたる過酷な肉体労働は終わった。

大学生協で、山形県での2週間の合宿免許取得コースに申し込みに出向いた自分の心は、何とも晴れやかだった。

誰に借りたのでもない、自分の手で稼いだ金。これで自分も晴れて自動車免許を手にすることが出来るのだ。
良く頑張った、偉いぞ自分!
免許を手にしたら、まずはレンタカーを借りてドライブをしよう。記念すべき最初のドライブはどこにでかけようか?友人が運転する車の後部座席から眺めた、日光のいろは坂の紅葉が例えようもなくきれいだった。よし、自分も颯爽とあのタイトなつづら折りの坂道にアタックしてやる。


色々な想像を巡らせていると、思わず口許がほころんでくる。
もうすっかり免許を取った気になってしまい、車は何を買おうか、なんてことにまで勝手に想像が膨らんでしまう。
やっぱり最初はカローラかな。いや、まずは車庫証明の必要がない軽自動車を買うのが得策かな。


合宿免許の申し込みを待つ列に並びながら、ずっとそんなことを考えていた。
ようやく自分の番になって、カウンターの向こうに座る係員に自分の希望のコースを告げる。


「あの、この”山形県合宿コース”に申し込みたいんですが」
はい、と答えた愛想の悪い係員は、電卓を取り出して計算を始める。
「えーと、諸経費込みで23万円になります」

なにー、23万だとお!

自分の財布にはキッチリと20万円しか入っていない。誰に聞いたわけでもないのだが、「免許は20万円」という固定観念が出来あがっていたため、20万円あれば大丈夫だと思っていた。それに、生協のパンフレットにも「山形県合宿コース。2週間・20万円で取得可能」と書かれていたではないか。

その”諸経費”って一体何なのよ、と聞く勇気のない小心者の自分は、
「あの、ちょっと足りないんですけど、足りない分は生協のローンを組めませんか?」
と、思い切り低姿勢で、生意気な係員にお願いをしていた。


どうやら、社会人になっても借金を背負うことになるらしい。

本当に貧乏ってやだね。




TOP