西国路をゆく〜後書き 




ということで、無事に旅を終えた。
何とも行き当たりばったりな旅だったが、それなりに楽しめた。


今回の旅を通して強く思ったことがある。それは「日本はお米の国なんだ」ということ。

車窓から見える景色は圧倒的に田園風景が多かった。
静岡であろうが岡山であろうが下関であろうが福岡であろうが香川であろうが、どこに行っても必ず目に入ってくるのが田園風景である。
「これからの日本はIT立国を目指すべし」なんて盛んに言われているが、まずは稲作だ。腹が減っては戦はできない。美味いご飯で腹ごしらえをしてから、「IT立国」でも何でも目指すがいい。

結局のところ、日本人の根っこは稲作にあるということだ。
米が食えなくてはITもクソもない。ITうんぬんの議論も、稲作農家の苦労があってこそだ。今の日本人には米に対する感謝の念が薄れている気がする。
もちろん、三度三度の食事の度に胸の前で十字を切って感謝する、なんて必要はないが、今の新米の時期くらいは、稲作農家の苦労に少しでも思いを馳せてもらいたい。

重く頭を垂れた稲穂を眺めながら、そんなことを思った。


それにしても、割り箸と剃刀に翻弄された旅だった。
本当に「冗談だろ?」と思うくらいに振られまくった。とは言え、おかげで格好のエッセイのネタになったのだから、まあ良しとしよう。


さて、今回のエッセイについて自分の思うところを少し書いておこう。

今回のエッセイは前回の「多摩川をゆく」に比べて、書くのが楽だった。
実は前回の「多摩川をゆく」は、なかなか良いネタがなかったので、苦し紛れに自分の過去の小ネタを使って紙面を埋めた部分が多くある。正直なところ、タイトルは「多摩川をゆく」でも、「青春の回想録」でも、さほど大きな違いはなかったのである。多摩川をただ下るだけ、というのは、今にして思えば想像以上にタフなテーマだった。

その点今回のエッセイは、「過去の小ネタ」という部分に関しては極力少なくしてある。
というか、過去の小ネタの出る幕なし、といった感じだ。旅先でのネタだけで充分だったから。

前回のエッセイは、いかに内容をふくらまそうかと苦心したが、今回はいかに内容を絞り込むかということに苦心した。
ダラダラと書いたらいくらでも書けてしまうのだが、それでは自分は良くても、読んでいる人がつまらない。
一通り自分の書きたいことを書いてから、「これはつまらないな」と思うネタはバッサバッサと切り捨てた。

自分としては、なかなか読めるエッセイに仕上がったのでは、と思っているのだが、どうであろうか。是非感想を聞かせて頂きたい。


旅の思い出を残す手段としては、写真を撮るのが一番手軽だと思うが、こうして文章の形で残しておくのも悪くない方法だと思う。写真だけだと、その時に自分が感じたことは時が経つにつれてぼんやりとしたものになってしまうが、文章に書いて残すと、その思い出はいつまでも色あせることなく存在し続ける。

せっかくの旅だもの、写真だけでなく、文字としても残しておこう。後になってきっと、「書いておいて良かった」と思えるはずだ。


ってことで、最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
今後ともよろしく。




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