西国路をゆく〜四日目 




2002年9月18日 天候:晴れ 最高気温:28℃


夜中に目が醒めた。
時計の針は午前2時を指している。

いきなり腹が減った。昨日ビールと一緒にカップラーメンを買っていたことを思い出し、コンビニの袋をあさる。
あったあった。電気ポットのコードをコンセントに差し、お湯が沸くのを待つ間にカップ麺のフィルムをはがし、割り箸を用意する。
を?割り箸がないぞ。もー、またかよ。どうして割り箸を入れてくれないの。

ポコポコとお湯の沸く音を聞きながら、箸の代わりになりそうなものを探す。
シャーペンで食べるか?食えないこともないだろうが、さすがに抵抗がある。だったら、ホテルのキーで食べるか?キーのギザギザが良い具合に麺をホールドしそうだ。いや、やはり抵抗がある。

改めてコンビニの袋を探ってみると、ストローを発見した。これって何のストローだろう?と考える自分の視界に、くずかごに入ったカップアイスの空容器が入った。そうか、部屋に冷蔵庫がないからカップアイスを買って、その氷でビールを冷やしたんだ。きっとこのストローは、カップアイス用のストローなんだ。
ということは、と思ってくずかごから空容器を取り上げると、あった!カップの横にストローがくっついている!

長さの違う2本のストローを箸代わりに、カップ麺をすする。うん、何とか食える。
それにしても、余分なストローを入れる気遣いがあるなら、なぜに割り箸を入れない。それとも、西日本では割り箸は入れないルールでもあるのだろうか?そんなことを考えながら、満ち足りたお腹を抱えて再び眠りに落ちる。


改めて、朝6時起床。

身支度を手早く済ませ、すぐにホテルを出て高松港に向かう。昨日までとは打って変わって爽やかな空気だ。四日目にしてようやく秋晴れに恵まれた。本当に空気が軽くて気持が良い。心まで軽くなるってもんだ。

高松港に着き、大阪行きの高速艇の切符を購入する。
これまでの移動手段は全て陸路だったのだが、電車にもちょっと飽きてきたので、今日は海路を使って本州に再上陸を果たそうという作戦だ。

7時20分高松港発の船に乗り込む。
定員およそ300人の船に乗り込んだのは、自分を含めてわずかに10人。いくら平日の早朝とは言え、こんなに乗客が少なくて経営が成り立つのだろうか?

身軽な船は軽快なエンジン音を響かせ、きれいに晴れた瀬戸内海に滑り出して行く。

窓から見える島々を眺めるのが何とも言えず楽しい。わずかに開けた海岸べりの平地に、家々が軒を連ねて建っている。まったく人間ってやつは、わずかな土地さえも見逃さずに家を建てるもんだ。何もこんなに不便な小島を選んで住むこともないだろうに、と思うのだが、自分だって佐渡ヶ島出身の人間だ、人のことは言えない。しかし、同じ不便な島暮らしを経験しているだけに、こういう暮らしには人一倍興味がある。

果たして常駐の医者はいるんだろうか?もしいない場合、急患はどうなるんだろうか?専門の大工さんはいるんだろうか?家を建て替える場合、建材は本土から船で運んで来るんだろうか?その場合、建て替えのコストは思い切り高額になるんじゃないのか?島の生活で得る収入だけで賄えるのだろうか?

などなど、考え出したらキリがない。まあ、今日のところは何も考えずに楽しむことにしよう。自分ごときが考えたところでどうにもならんから。

高松港を出て20分くらい経ったところで、船は小豆島の土庄港に停泊する。
30人ほどの乗客を新たに乗せた船は、ユーターンして島の反対側に回りこみ、更に30人ほどの乗客を乗せて大阪を目指して走り出す。
どうやらこの船は、高松港から出てはいるが、実際のところは小豆島に住む人達の本土への足として機能しているらしい。そこそこ賑わってきた船内を見ながら、ちょっとだけ安心する。今朝出航したまま10人だけの乗客だったら、きっといたたまれなかっただろう。これくらいの乗客ならば、放漫経営さえしなければ何とかやっていけるのではないか。

途中で淡路島に架かる瀬戸大橋をくぐりながら、船は大阪を目指して走って行く。
久し振りに晴れた空が何とも気持良い。窓にかかる水しぶきも爽快だ。一昨日の、新幹線の窓に叩きつける雨とは大違いだ。空の色ひとつでこうも気分が変わるのだから、本当に青空って貴重だと思う。


10時30分大阪着。

陸地に降りて思い切り伸びをする。
だーっ、気持良いぞ!この勢いでお約束の雄叫びをあげておくか。

大阪や!ワイは大阪に着いたさかいに!


自分が大阪のどこにいるのかも良くわからないまま、とりあえず歩き始める。
うーん、気持良い。乾いた空気の青空の下で歩くのって、本当に気持良い。このままどこまでも体力の続く限り歩いて行きたい、そんな思いに駆られる。

でもやっぱり身体は正直だ。いきなり腹が減ってきた。
まずは腹ごしらえをしてから、大阪の街を散策することにしよう。

大阪名物と言えばやっぱりたこ焼きかお好み焼きだろう。でもなあ、昼飯にこってりソース味を食べるのには抵抗があるんだよなあ。大体、ソースって美味いかい?自分は何を食うにしても基本は醤油だ。目玉焼きは醤油、天麩羅も醤油、状況が許せばハンバーグだって醤油で食う人間だ。薄味の不味いカレーの目の前にソースと醤油が置かれている場合、迷わず醤油を手に取りぶちかける嗜好の持ち主だ。

ってことで、途中で見かけたラーメン屋にあっさり入る。
大阪まできてラーメンかい、と思わないでもないが、たこ焼きやお好み焼きを食べるよりはマシだ。

気持の良い天気にまかせて、気の向くままに大阪の街を散策する。色々な店が雑然と並んでいて、なかなか楽しい。大阪の街を一言で表現するならば、東京の街の縮小版、とでも言うべきか。いや、縮小版なんて言うと大阪の人に怒られちゃうな。東京のミニチュア版、とでも言えばいいのか。余計に怒られそうだ。

もうちょっと具体的に表現するならば、銀座と歌舞伎町と秋葉原と浅草がコンパクトかつ機能的にギュッと詰まった街、とでも言うべきか。東京であれば、こういう専門店街とでも言うべきエリアは、それぞれ独立して存在するが、大阪の場合はこれらの専門店街エリアがうまい具合に融合して、一つの大きな百貨店を形成している、といった趣きである。

浅草の香りを漂わせる一角に、通天閣があった。
大阪のシンボルとも言うべきこのランドマークを訪れずして、一体どこを訪れる。
600円の入場料を払い、展望台へのエレベーターに乗り込む。
あっと言う間のエレベーターの旅から降りた瞬間の感想は、「嘘みたいにしょぼい」であった。

もちろん、ある程度のしょぼさは予想していたのだが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
50歩も歩けば楽に一周できてしまう360度の展望台が、悲しいまでにしょぼい。それに輪をかけるようにしょぼさを演出してくれるのが、「幸運の神様ビリケン」である。こうまでしょぼいと、もう笑うしかない。600円も取っておいてこのしょぼさかい、と怒ってはいけない。これもまたきっと、大阪の懐の深さなのだろうから。


通天閣を降りた足で、今度は大阪城を目指して北の方角に歩き出す。
船を下りてからずっと歩き詰めでさすがに足が痛くなってくるが、きれいな青空が広がっているので、どうしても地下鉄に乗って移動するという気になれない。

痛む足をなだめながら、大阪城公園に辿り着く。
素晴らしい。何とも雄大だ。さすがに天下統一の象徴だけある。しょぼさが売りの通天閣とはまさに好対照だ。
天守閣の正面に位置するベンチに座り、しばし仰ぎ見る。乾いた風が額に浮いた汗を撫でて行くのが、何とも言えずに心地良い。

大阪城公園を出て、背中を向けた天守閣を改めて振り仰ぐと、西日に輝くその姿がまた何とも美しい。この景色を見ることが出来ただけでもう充分に満足だ。ありがとう、大阪。通天閣のしょぼさには笑ってしまったが、大阪城の雄大さには感動したぞ。また来るさかいに、そん時にはよろしゅう頼むで!


暮色の迫る大阪を後にして、京都を目指して電車に乗り込む。

京都駅に降り立った時には、すっかり暗くなっていた。慣れない土地で、しかもあたりは暗くなっているというのは、いかに賑やかな街であっても、ちょっとだけ心細い。とりあえず、そんな情けない自分を鼓舞する意味でも、お約束通り雄叫びをあげておこう。

京都どす。うち、京都に着いたんどすえ。

いきなり女言葉になってどうする。

今夜の宿を探して、しばし京都の町を徘徊する。
しばらくして、細い路地の奥に怪しげなネオンの看板を発見する。一日中無計画に歩きまわった足は、既に悲鳴をあげている。もうどこでもいいからとりあえず横になりたい。背中に担いだリュックが、何だかやけに重く感じる。

フロントに立って、「シングルは空いてますか?」と訊くと、「はい、税込6500円になります」との答え。
高い、高すぎる!しかし、これが京都価格なのかも知れない、そう思いながら何気なく視線を横に向けると、カウンターの隅に置かれた使い捨ての剃刀が目に入った。

ぬお−っ、剃刀ぢゃないか!

久し振りに剃刀を目にした自分は、すっかり舞い上がってしまった。
慌てて6500円を払い、剃刀を手にしてエレベーターに向かう途中で、背後から声をかけられた。
「あ、お客様、リュックをお忘れですよ!」

クーッ、恥ずかしい。あまりの嬉しさに、思わず下ろしたリュックを、フロントに置き忘れてしまった。


指定された部屋に入ると、そこにはベッドが二つ並んでいた。
ラッキー!ツインルームだ!って、別にラッキーでもないか。ダブルならまだしも、ツインルームなんて何の役にも立たないからな。

荷物を置いて、買出しに出かける。
今日は一日中歩きっぱなしで疲れたので、街に出る元気はない。近くのコンビニでビールとツマミを買って、早々にホテルに戻る。

ビールを冷蔵庫に入れ、大浴場へと向かう。

そう、このホテルはビジネスホテルなのに、なぜか大浴場があるのだ。昨日までは狭いユニットバスでシャワーを浴びていたから、大きな浴槽で手足を思い切り伸ばせるというのは何とも嬉しい。早速浴衣に着替えてタオルを肩にひっかけ、剃刀と歯ブラシを手にして大浴場へと向かう。

浴場に入ってみると、先客はなく貸し切り状態。
おお、なかなか広いじゃないか。クロールなら2ストロークくらいは出来そうな広い浴槽だ。

まずは洗い場に腰を下ろし、ボディソープで身体の汗を流す。
ザバッとお湯をかぶっただけで浴槽に入る人が良くいるが、これはマナー違反だ。せめて身体の汗くらいは石鹸で落としてから入ろう。

次にリンスインシャンプーで頭を洗う。
しかし、どうも泡立ちが悪い。こういうところのシャンプーって、往々にして薄めてあったりするからなあ。

身体と頭をきれいに洗ったところで、唇の周りにたっぷりとボディソープを塗って、目の前に置かれた剃刀に手を伸ばす。子供のおもちゃみたいにちゃちな剃刀だけど、今の自分にとっては何物にもかえがたい貴重なアイテムだ。
を、生意気にも二枚刃ぢゃないか。愛いヤツめ。苦しゅうないぞ、もっとちこう寄れ。

さあ、剃ってやる!思う存分剃ってやるともさあ!

ジョリジョリ。

クーッ、気持良いぞ!お肌スベスベじゃあ!

続いて歯ブラシに手を伸ばす。

さあ、磨いてやる!思う存分磨いてやるともさあ!

ガシガシ。

クーッ、気持良いぞ!歯の裏ツルツルじゃあ!


まるで生まれ変わったかのように爽やかだ。
貸し切りなのを良いことに、ザブーン、とばかりに浴槽に飛び込む。程よいぬるさのお湯が何とも気持良い。


部屋に戻った自分はすっかり満足していた。

今日は晴天に恵まれて良い旅が出来た。ヒゲも剃れたし、歯も磨けた、もうこれ以上望むことは何もない。これ以上を望んだら罰が当ってしまう。ありがとう。本当に充実した一日だった。

満ち足りた気分で缶ビールのタブを開け、ゴクリと一口。クーッ、風呂上がりの火照った身体に冷たいビールが染み渡る。美味い!
ツマミのお新香をコンビニの袋から取り出し、フィルムをはがす。
さて、箸はと。

おろ?箸がないぞ?

もー、またかよ。またかよ、またかよ、またかよ、おまけにもうひとつ、またかよ。
どうしてこうも箸に振られるんだろう?ひょっとして嫌がらせ?

せっかくの良い気分がすっかり台無しだ。
心の中で関西弁で怒ってみる。

何でやねん!何で箸が入っとらへんねん!

いや、「何でやねん!」のアクセントがちょっと違うかな。「な」じゃなくて、「で」にアクセントを置くのかな。
突っ込みはやっぱり右手の甲で相方の胸を叩くのが正しいのかな。難しいなあ。
こんなこと、学校の授業じゃ教わらなかったからな。
まあ、何事も練習だ。もう一回やってみよう。

何でやねん!何で箸が入っとらへんねん! 

うん、大分良い感じになってきたぞ。でもまだ、ちょっと手首のスナップが甘いかな。

箸のない怒りをシャドー突っ込みでごまかしながら、「何でやねん!」を反復練習してみる。

うーん、どうやら上方漫才大賞を狙うには、まだまだ鍛錬が必要なようだ。突っ込みって思ったよりもずっと難しい。

自分の甘い突っ込みに耐えてくれる、気の良い相方募集中。一緒にお笑い界の頂点を目指そう。




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