西国路をゆく〜三日目 




2002年9月17日 天候:曇り 最高気温:29℃


朝7時起床。

ホテルの窓から外をのぞくと、思った通りの雨模様。
昨日買っておいたコンビニおにぎりをほお張りながら、さてどうしたものかと考える。
とりあえずチェックアウトの10時まで待って、その時になっても雨が上がらなかったら、傘をさして市内を散策しよう。そんなに強い雨じゃないから、なんとかなるだろう。

当面の方針を決めて、昨夜の洗濯物の乾き具合をチェックする。
パンツはちゃんと乾いているが、靴下がまだちょっと湿っている。Tシャツは予想通り生乾きの状態。
雨が上がるまでの良い暇つぶしができたとばかりにドライヤーを手にし、乾燥作業に取り掛かる。腋の下や袖口といった、縫い合わせで生地が厚くなっている部分が特に乾きにくい。まるでアイロンをかけるようにシャツにドライヤーを当てて乾かして行く。

ようやく乾燥作業を終えて時計に目をやると、もう8時に近い。外の音に耳を澄ませると、起きぬけに聞こえていた、濡れた路面を走るタイヤの音が消えていることに気付く。もしや、と思って窓を開けると、幸運にも雨が止んでいる。
よっしゃ、とばかりに急いで荷物をまとめてホテルを出る。
空気はじっとりと重く、相変わらずの蒸し暑さだが、雨が止んだだけでも御の字だ。かすかに石鹸の香りの残るTシャツを着て、まずは岡山城を目指して歩く。

自分以外に誰も見学者のいない岡山城を見上げながら、この先の旅の無事を祈って手を合わせる。
って、お寺や神社じゃないんだから、手を合わせても意味はないんだけど。

続いて、岡山城に隣接する後楽園を散策する。
日本三名園のひとつである後楽園の景観はやはり素晴らしい。ただ、空が灰色なのが残念だ。これが青空だったら、文句無しの絶景だったろうに。

ところで、日本三名園の残り二つはどこなのか、知っているだろうか。
ご存知ない方のために、一応記しておこう。
岡山後楽園、水戸偕楽園、上野動物園、である。

ついでに、日本三景も記しておこう。
松島、安芸の宮島、お隣の小島さん。

おまけに、日本三名瀑も記しておこう。
華厳の滝、袋田の滝、お隣の大滝さん。

すまん、全部嘘。正解は以下の通り。

日本三名園:岡山後楽園、水戸偕楽園、金沢兼六園
日本三景:松島、安芸の宮島、天橋立
日本三名瀑:華厳の滝、袋田の滝、那智の滝


さてと、ほどよく腹が減ってきた。そろそろ昼飯の時間だ。
岡山名物と言えば、やっぱり「きびだんご」。
でもなあ、自分は甘いものは嫌いなのよ。だんごって甘いんでしょ?他に何かないかなあ、と思いながら歩いていると、「吉野家」のオレンジの看板が目に入る。
岡山まできて吉野家かい、と思わないでもないが、甘いだんごを食うよりはましだ。それに、もしかしたら普段食べなれている牛丼も、岡山で食べると一味違うかもしれない。

店に入り、「並を下さい」と注文する。
出てきた牛丼は、見た目にはいつもの牛丼と何ら変わりがない。割り箸を割ってまずは一口。

を?これは?
続けてもう一口。
う、やはりこれは?

280円を払って店を出る。

普通だあ!あまりにも普通だぞ、吉野家!
いつも食べている牛丼と全く同じ味ではないか!岡山の個性はどこにもないぢゃないかあ!


岡山駅で切符を買い、瀬戸大橋線に乗り込む。
ここからは陸路で四国・高松を目指す。

窓際の席を確保し、瀬戸大橋から見える瀬戸内海の景色を堪能する。
やっぱり良いね。こうやって海を渡ると、自分が四国に上陸するんだという実感がひしひしと湧いてくる。それにしても、よくもこんなに大きな橋を架けたものだと感心する。本当にたいしたもんだ。

電車が四国に着くと、何だかこのまま座っているのがもったいないような気分になり、高松駅までの切符を払い戻して、途中下車して散歩をすることにした。

空は相変わらずの灰色だが、とりあえずは四国初上陸だ。ここはお約束通り、歓喜の雄叫びをあげておくか。

香川じゃあ!えーっと、香川じゃあ!

香川弁ってどんな感じなの?全然わからんもの。

知らない土地なので迷うといけないから、とりあえず線路沿いに高松の方角へ歩いていく。
いやあ、田舎だねえ。道の両脇にたまにうどん屋や定食屋が顔を見せる程度で、あとは何もない。うーん、何とものどかだ。けど、あまりに何もないっていうのもつまらない。
なんて思っていたところに、「四国霊場第79番札所 天皇寺」の案内標識が目に入る。
ははあ、お遍路さんが八十八ヶ所巡りをするあれか。別に急ぐ旅でもないから、ちょっと寄り道でもしていくか。

天皇寺に辿り着くと、赤い鳥居があるのに驚く。なぜお寺に鳥居があるんだろう?

しばらくその鳥居を眺めていると、観光バスから降りてきたにわかお遍路さんの一行が鳥居をくぐって行く。なるほど、今はこういうお手軽な霊場巡りもあるってことか。でも、こういうことって、自分の足で歩いてこそ価値があると思う。こんなお手軽な霊場巡りツアーを見たら、きっと弘法大師様はお嘆きになるはずだ。少なくとも自分は嘆くね。

よっしゃ、こうなったら自分だけでも徒歩で霊場巡りをしてやろうじゃないの。
案内図を見ると、次の札所である国分寺は3駅先にある。3駅くらい楽勝だ。散歩のプロである自分にしたら、こんなもの "before the breakfast" だ。(もちろんこんな表現はネイティブには通じないから、真似しないでね)
っしゃあ、霊場巡りの手本を見せてやるけん、心して見んしゃい、このにわかお遍ラーども!

勢い良く歩き出したのもつかの間、いきなり嫌になってきた。
とにかく周囲の景色が単調でつまらない。天気が良ければまだしも、鉛色の空の下で退屈な景色が続く道を歩くというのは、ちょっと苦痛だ。しかも、思ったよりもずっと遠い。
田舎の1駅の距離は都会のそれよりもずっと長いから、たったの3駅と言ってもバカにならない距離だ。背中にしょったリュックがシャツからにじみ出る汗を吸って、ずっしりと重く感じる。


ようやく国分寺に辿り着いた時には、左足の膝の裏が痛くなっていた。
しかし、ここで安心しているわけにはいかない。残りはたったの八十六ヶ所だ。次の霊場に向かって元気に出発!

って、そんなわけはない。もう好い加減疲れたっす。最寄駅から電車に乗って、高松を目指そう。

そう思って境内を出ようとした自分の目に、「ミニ八十八ヶ所巡り」と書かれた石碑が飛びこんできた。よく見ると、参道の両脇に各霊場のご本尊のミニチュアが座っている。
これはまた何とも安直だなあ、と思いながらも、ついその安直な八十八ヶ所巡りをしてしまった。たったの10分で終了。弘法大師様、ごめんなさい。

しかし、気分はいっぱしの「お遍ラー」である。
自分と同じように「お遍ラー」を目指しているそこのあなた、今すぐ
香川国分寺へ走れ!


すっかりお遍ラーになりきって、高松への各駅停車に乗り込む。
厚い雲の切れ間から、かなり西に傾いた太陽がちらりと顔を見せる。時計を見るともう6時に近い。かなり歩いたせいで、腹が減っていることに気付いた。

高松駅に着いてすぐにうどん屋を探す。やっぱり香川名物と言えば「讃岐うどん」だろう。香川に来てうどんを食わずして一体何を食うと言うのか。

探すまでもなく、駅前に良い感じに古びたうどん屋を発見する。
緑色の暖簾をくぐって店内に入ろうとしたところ、その暖簾に書かれた「セルフの店」という文字が自分の足を止めた。
確か以前に、香川の「セルフのうどん屋」を何かのテレビ番組で観た覚えがある。看板も出ていない民家で、自分で網杓子にうどんを入れて湯がき、ツユをかけている客達の姿が画面に映っていた。

きっとこの店も、それと同じシステムを採用しているに違いない。
テレビでちらっと見ただけの知識で、このシステムを実行し、あたかもベテランのように振舞うことは不可能だ。きっと恥をかくのがオチだろう。しかし、うどんは食いたい。さてどうしたものか。

悩んでいる自分の目の前を、地元のベテランらしき男性が暖簾をくぐって店に入ってゆく。

これだ!地元のベテランの後にくっついて同じように行動すれば、自分もベテランとして見られるに違いない。
何よ、けっこう頭良いじゃん、自分って。やりゃあ出来るじゃないのさ。
そう言えば、小学・中学の通信簿にはいつも「やれば出来る子です」って書いてあったっけ。和田先生、あんたの観察眼は間違ってなかった。そうさ、自分はやれば出来る人間さ。今からそれを証明してやるから、見守っててくれ。

おっと、下らない思い出に浸っている暇はない。取り急ぎ「金魚のフン作戦」と名づけて、慌てて店に入る。

店内はいたってシンプルな造りで、予想していた「うどん湯がきマシーン」などはどこにもない。
あれ?なんて思っていると、目の前のベテラン氏がカウンターに向かって「かけ小!」と注文する。
はい、かけ小ね、と答える店のオヤジが厨房の奥でうどんを湯がく。横のテーブルでうどんを食べ終わった客が、ごちそうさん、と言いながらカウンターに空のドンブリを置いて店を出て行く。

なんだ、つまりはドンブリの上げ下げをセルフサービスするだけなのか。これならド素人の自分にも出来る。心配して損した。えーと、「かけ小」ね、「かけ小」って注文すれば良いのね。

心の中でベテランっぽい注文を反復練習していると、いきなり、ご注文は、と店のオヤジに訊かれた。
慌てた自分は思わず、「あ、あの、かけうどんの小さいのを下さい」と注文してしまった。
うどんしかない店で「かけうどんを」なんて注文してどうする。しかも「小さいの」って。これじゃあド素人丸出しだ。

150円也のかけうどんを受け取り、テーブルの隅でなるべく目立たないようにうどんをすする。
うん、美味い。うどんのコシもさることながら、良くダシのきいたツユが何とも美味い。なにより、1杯150円という値段が嬉しい。きれいにツユまで飲み干したドンブリをカウンターまで持って行き、「ごっそさん」と粋に声をかけて店を出る。
いや、粋に声をかけたつもりが、思わず「ごちそうさまでした」と声に出していた。
どこまでもド素人な自分が悲しい。


今夜の宿を探して、駅前の繁華街を歩く。
うどん屋の隣にいきなり「ソープランド某」と書かれた看板が出ているのが、いかにも地方都市らしくて笑える。食欲を満たした後は性欲を、という合理性が、何とも直球勝負で気持良い。

少し歩いたところに、「シングル4500円」の看板を発見し、早速部屋を取る。
洗濯は昨日終えたので、今日はもうドライヤーは必要ない。とにかく剃刀さえあればいい。「ところ変われば品変わる」だ、そろそろ剃刀に出会っても良い頃だろう。

部屋に入って早速恒例の備品チェック。

しまったあ、やっぱりここにも剃刀がない!
しかもシャンプーもないぞ!
それどころか、歯ブラシすらもないぞ!

いいさ、別にヒゲなんて剃らなくても死にゃしないって。シャンプーがなくても石鹸があれば頭は洗えるし、歯ブラシがなくたって爪楊枝で歯をせせれば良いじゃん。

無理矢理自分を納得させ、シャワーを浴びる。
シャンプーの代わりに置いてあるのは、ちびた石鹸のみ。意を決して石鹸を頭に塗りたくる。泡をすすぐと、ギシギシとした感触。クーッ、何とも泣ける。

いいさ、どうせ後は寝るだけさ。
鼻の下がジョリジョリだって、歯の裏がザラザラだって、髪の毛がバサバサだって、寝ちゃえば関係ないさ。

半分ヤケになりながら、後ろ手でバスルームのドアを閉める。
いや、閉めたつもりが、なぜか閉まらない。
良く見ると、密着しているべきドアの上の部分が、大きく隙間があいている。柱とドアを繋いでいる蝶番がだらしなく伸びているではないか。

もー、何でこうなるの?どうしてこうもダメダメホテルに行き着いちゃうの?

ドアノブを両手で掴んで腰を落とし、大きく隙間のあいた左上に力を込めながらドアを閉める。何度か失敗を繰り返し、ようやくピタリとはまってくれた。まったく手間をかけやがって。おかげでまた汗をかいたぢゃないか。もう一度汗を流さにゃいかん。

それから5分後、またもや汗だくになりながら、曲がったドアに悪戦苦闘する自分がいた。




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