西国路をゆく〜二日目 




2002年9月16日 天候:雨 最高気温:29℃


朝6時40分起床。

ホテル1階のレストラン(ってほどのもんでもないが)で、パンとコーヒーの朝食を摂る。
ご飯党の自分としては朝はしっかりと米を食べたいのだが、この朝食はサービスということなので、不本意ながらもパン食に甘んじることにする。パンにマーガリンを塗ってほお張り、コーヒーで流し込む。その繰り返し。何とも味気ない。

朝飯を終えてすぐにホテルを出る。
天気予報によると、今日は午後から雨になるらしい。昨日の青空とは打って変わっていきなりの曇り空。じっとりと重い空気に不安を感じながら出島跡を見学していると、もう空が泣き出した。リュックから折り畳み傘を取り出し、予想外に早く降り出した雨を呪う。「長崎は今日も雨だった」なんて歌があるくらいだから、雨の多い土地だということくらいは知っていたが、こうもタイミング悪く降り出すとは。

降ったり止んだりの雨に閉口しながら、「亀山社中跡」を目指して歩く。

「亀山社中」とは、かの坂本竜馬が設立した、日本最初の株式会社とでもいうべき浪人結社である。後に「海援隊」と改称され、明治維新を機に土佐藩出身の岩崎弥太郎の管理下におかれ、現在の三菱財閥の礎となった、歴史的にも価値のある団体である。三菱の礎に、というのはかなりの誇張があるが、浅からぬ縁があるのは事実である。

自分は坂本竜馬の大ファンで、文庫本にして全8巻からなる司馬遼太郎氏の大長編「竜馬がゆく」は、一番の愛読書である。もう10回くらいは繰り返し読んでいる。だから、今回の旅で長崎に行こうと思った時に、真っ先に思い浮かんだのが、この「亀山社中跡」だった。

民家が建ち並ぶ間を縫うようにして走る急な石段を登りながら、社中跡を目指す。
それにしても蒸し暑い。石段を登るたびに汗が吹き出す。しかし、今自分が歩いている石段を竜馬も同じように歩いたかも知れない思うと、何とも言えない高ぶりを感じる。

竜馬よ、おまんもこの急な坂道を、汗をかきながら歩いたんじゃろ?日本回転の壮大な野望を胸に、この坂道を登ったんじゃろ?

汗だくになりながら、ようやく社中跡に辿り着く。
おお、これがあの「亀山社中跡」か。
感激のあまり傘を投げ出し、思わず石碑を抱きかかえる。胸の奥から熱いものが込み上げてきて、堰を切ったように涙が溢れ出す。激しく叩きつける雨に涙が溶けて、顔中ぐしゃぐしゃになりながらも、涙を止めることができない。
竜馬よ、おまんに会えて嬉しいぞ。わしもおまんに負けないくらいの男になってみせるキニ、見守ってくれんね。

いや、もちろん嘘。本当にこんなヤツがいたら気持悪いって。
大体こういう史跡って例外なくしょぼい。坂本竜馬に興味のない人だったら、間違い無く素通りしてしまうだろう。それくらいにしょぼい。でも、いくらしょぼくても、やっぱり感ずるものはある。ちょっとだけグッときたのは事実だから。


坂道を下って長崎駅に向かって歩くと、諏訪神社に出くわした。
傘をさしながら境内に足を踏み入れると、「英文おみくじ」なる看板が目に入る。
ほお、英文おみくじねえ。面白そうじゃん。
200円を入れておみくじを引くと、"Good luck" の文字。
説明書きによると、どうやら「吉」にあたるらしい。なんだかイマイチぴんとこないな。

ちなみに、"Best luck" が「大吉」、"Average luck" が「小吉」、"Half luck" が「半吉」、"Worst" が「大凶」らしい。
わかったような、良くわからんような表現だ。

"Person expected" (待ち人)の欄には、"Will come tomorrow evening" と書かれている。
なによ、いきなり明日の晩に待ち人に会えちゃうわけ?えらく具体的だなあ。さすがに英文おみくじだね。とりあえず、これで明日の楽しみがひとつ増えたってわけだ。待ってるぞ、待ち人君!

坂道を登ったり降りたりで、良い具合に腹が減ってきた。昼飯にするとしよう。
やっぱり長崎と言えばアレでしょう。そう、チャンポン。

横浜中華街のミニチュア版とも言うべき「長崎新地中華街」を散策する。
いかにも観光客目当て、という店はあえて避け、家族経営と思われる店に入り「チャンポンを下さい」と注文する。

自分はこれまでにチャンポンを食べたことはない。「リンガー・ハット」にすら入ったことがない。それだけに期待が高まる。もし不味かったら、「なんじゃこりゃあ!」とテーブルをひっくり返す準備は出来ている。さあ来い、チャンポン。

ところどころ染みのついたエプロンを着けたオバさんが、チャンポンをテーブルに置く。
割り箸をパキリと割って一口すする。

う、これは?
更にもう一口。
な、何イ!?一体この味は?

額の汗を拭いながら、レジで会計を済ませて店を出る。

普通だあ!あまりにも普通過ぎるぞお、長崎チャンポン!!

そう、あまりにも普通過ぎる。そのあまりの普通さに、かえって驚いてしまった。本当に普通にチャンポンだ。今までに一度もチャンポンを食べたことのない自分が、「普通だ」と思ってしまうくらいだから、その普通さがいかに異常な普通さなのか、わかろうってもんだ。いや、ホントに普通。ビックリするくらいに普通。


さて、亀山社中跡も見ることができたし、チャンポンも食べることができた。稲佐山からの夜景も見たから、もう長崎は制覇したと言っていいだろう。本格的な雨になる前に移動することにしよう。

さらば長崎、また会う日まで!


博多行きの特急電車に乗り込み、車窓の景色を眺めていると、にわかに空が暗くなり、大粒の雨が落ちてきた。
たちまちのうちに、車窓の景色をかき消すくらいの豪雨になる。午後から本格的な雨になるとは天気予報で言っていたが、まさかこれほど激しく降るとは。

博多駅に着いても、雨の勢いは一向に衰えを見せない。それどころか、ますます激しくなる一方だ。市内を散策し、博多ラーメンでも食べて中州をひやかそうと思っていたのだが、この豪雨では無理だ。しかたない、このまま九州を離れて本州に戻ろう。後ろ髪を引かれる思いで岡山までの切符を買い、新幹線のホームに立つ。

さらば九州、また会う日まで!

岡山までの暇つぶしに、キオスクで雑誌を物色する。あれこれ迷った挙句、「オレンジページ」を購入。なぜ「オレンジページ」なのかって?だってさ、表紙のおにぎりがすごく美味そうだったんだもん。

新幹線の窓から見える景色は相変わらずの大雨。
岡山まで行ってもこのまま大雨かも知れない。ちょっと不安になってくる。その不安に追い打ちをかけるように、列車がトンネル内で停車した。どうやらこの豪雨で新幹線のダイヤが大幅に乱れているらしい。
出発前夜にテルテル坊主を吊るしてこなかったのがいけなかったのか。
お願いします、どうか晴れて下さい。

憂鬱な気分を少しでも紛らわそうと、ウオークマンを取り出し、FMラジオのスイッチを入れ(自分のウオークマンはテープ+AM/FMラジオ一体型のタイプ)、新幹線車内専用の周波数にチューニングを合わせる。
いきなり円ひろしの「夢想花」が耳に飛びこんできた。おお、何と懐かしい。続いて八神純子の「水色の雨」、さらにツイストの「燃えろいい女」ときた。TBSの「ザ・ベストテン」を見ながら小・中学生時代を過ごした自分にとっては、本当に懐かしく、そして嬉しい選曲だ。思わず鼻歌が口をついて出る。

しかし、子供心にも「ツイストってどうなんだろう?」と思ったものだ。
大体、なぜあんなに気合を入れて歌うのかが良く理解できなかった。周りはみんな「世良公則ってカッコいいよな」と言っていたが、自分は心の中で密かに「何かが違う」と思っていた。

そして最近になって、まさに世良公則に感じたのと同じような「何かが違う」感を漂わせる人物を発見した。
それは「平井堅」(字あってる?)。

今えらく流行っている「大きな古時計」を歌っている平井君の姿を、何かのテレビ番組(プロモかも知れない)で見たのだが、椅子に座って目を閉じて一心に歌う彼の姿と、まるで四股踏みかと思うくらいに腰を落として歌う世良公則との姿が、なぜかダブったのだ。

何もそこまで気合を入れて歌うことはないと思うぞ、平井堅。目を閉じて歌うのは、ちょっとやり過ぎじゃないのか?
大体、君は顔自体が濃いんだから、これ以上濃いキャラクターにすることもないと思うぞ。たかが童謡じゃないか、もっと気楽に歌ったらどうかね。

って、余計なお世話か。


岡山駅に降り立つと、幸運にもまだ雨は追いついていなかった。
昨日車内から目にしたリカちゃんが、沈んだ気分の自分を暖かく迎えてくれる。よっしゃ、ここはリカちゃんのためにも、一発雄叫びをあげておくか。

岡山じゃあ!わしゃあ岡山に着いたけんのう!

すっかり陽の落ちた駅前の繁華街を、今夜の宿を探して歩く。
今夜の宿は昨日のように安宿ではいけない。駅から5分ほど歩いたところに、小奇麗なビジネスホテルを見つけた。早速フロントで空室を確認すると、シングルが税込5775円とのこと。
うん、このホテルならばきっと「アレ」は置いてあるだろう。

フロントで精算を済ませて部屋に入り、早速備品をチェックする。

あった!

小さいながらも頼もしい「ドライヤー」が、ちんまりとテレビの横に置かれている。
ああ、良かった。もしこれがなかったら、明日からの旅が堪えられないくらいの不快な行程になることは必至だったのだから、本当に嬉しい。

ドライヤーごときでなぜそんなに喜ぶのかって?
よろしい、順を追って説明しよう。

自分はとにかくこの汗臭いTシャツを洗濯したいのだ。
リュックに詰めた替えのシャツは1枚きり。今着ているのはその貴重な1枚だ。昨日のTシャツは汗臭いままリュックに眠っている。つまり、明日から着るTシャツがもうないのだ。
ってことは、この汗臭いシャツを洗濯しなければならない。九月とはいえまだまだ暑いこの時期、薄手の半袖Tシャツならば一晩で乾くだろうが、自分の着ているシャツは長袖で、おまけにかなり生地が厚い。到底一晩で乾くような代物ではないのだ。自分は色白で華奢なので、半袖Tシャツを着ると情けないくらいに貧相に見えてしまう。だから、多少暑いのを我慢していつも長袖のTシャツを着ている。

ここまで書けば、ドライヤーを渇望した動機はもう自明であろう。
そう、洗ったTシャツを乾かすために、ドライヤーは何としても確保しなくてはいけない必須アイテムだったのだ。

いやー、良かった良かった。これで汗臭いシャツを着なくて済む。

ユニットバスにお湯をためて思い切りボディソープを塗りたくり、ジャブジャブとシャツを洗う。ついでにパンツと靴下も洗っておこうっと。足で踏み踏みして、シャツに染みこんだ汗なんか「鬼は外!」だ。

さてと、安心したところで昨日から伸びっぱなしになっているヒゲも剃っておこうか。鼻の下を指先で触ると、「ジョリッ」とした感触が伝わってくる。待ってろよ、すぐにスベスベお肌に戻してやるからな。

唇の周りにたっぷりと石鹸の泡を塗り、洗面台に置かれている剃刀に手を伸ばす。
あれ?剃刀がないぞ?

剃刀が置かれていると思ったのは、どうやら勝手な思い込みだったらしい。
洗面台に置かれているのは、使い捨ての歯ブラシだけだ。まさかとは思いつつ、歯ブラシの袋を破って剃刀が入っていないか確認するが、まさかそんなところに入っているわけもない。そんなコンパクトな剃刀なんて見たことがない。そんな剃刀を開発したら、それこそノーベル賞ものだ。「ノーベル剃刀賞」。いや、そんな分野はないな。

はあ、今日もヒゲを剃ることは出来なかった。
自分が今までに泊まったビジネスホテルでは、剃刀を置いていないところは無かったので、どこでも剃刀くらいは置いてあるだろうと勝手に思い込んでいたのだが、どうやらそれは大きな間違いだったようだ。

口惜しさのあまり、歯ブラシを不精ヒゲに当てて、無意味に動かしてみる。
うーん、なかなか気持良い。歯ブラシの硬い毛先がヒゲに当って微妙な快感が身体を突き抜ける。
なるほど、こういう使い方もあったのか。

って、ちがーう!


ジョリジョリとした不精ヒゲの感触を確認しながら、明日こそは必ずヒゲを剃ってやると固く心に誓い、岡山の夜は静かに更けていった。




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