西国路をゆく〜一日目 




2002年9月15日 天候:曇りのち晴れ 最高気温:30℃


朝6時起床。

窓から見える空の色は昨日と同じ鉛色で、今にも泣き出しそうだ。せっかくの初日だというのに、いきなり気分が沈む。予定を変更して今日はこのまま布団にくるまってダラダラ過ごそうか、そんな怠惰な考えが一瞬頭に浮かぶが、部屋の隅に置かれた荷造りを済ませたリュックが目に入り、「っしゃ、行くか」と、気合を入れて部屋を出る。

地下鉄を大手町で降り、東京駅でJRに乗り換える。

自販機で博多までの乗車券と特急券を買うと、「おおっと、買っちまったぜ」という、ちょっとした緊張感が湧き上がる。もう後戻りは出来ない。いや、途中下車して窓口に行って、「すみません、これ払い戻してもらえますか」と言えば、いくらでも後戻りは出来るんだが、そこは気分の問題だ。とりあえず入場券で電車に乗るのと、目的地までの切符を買って乗り込むのとでは、やはり気分は違う。

新幹線の改札で電光掲示板を見上げると、8時37分発の博多行きひかり号の案内が目に入る。充分に時間的余裕のあることを確認して、まずは売店で弁当を物色する。どれもこれも不当に高いくせに、味はイマイチどころか今三だったりするのだが、これはこれで結構楽しい作業だったりする。旅の始めには必要欠くべからざる儀式だ。あれこれ迷った挙句、幕の内弁当を購入。
ついでに、車内で読むべき雑誌を物色する。あれこれ迷った挙句、「レタスクラブ」を購入。なぜ良い歳をした男が「レタスクラブ」なのかって?だってさ、表紙のオムライスが凄く美味そうだったんだもん。

窓際の席を確保し、電車が動き出すと同時に、幕の内弁当を広げて食べ始める。

うーん、んまい。

車窓を流れる景色を眺めながら食べる弁当って、どうしてこんなにも美味いのだろう?
自分の中では、この「窓際で食べる駅弁」というのは、「河原で食べるバーベキュー」、あるいは「公園のベンチで食べるホカ弁」に匹敵するくらいに評価は高い。「レタスクラブ」のオムライスなんて、ライバルにすらならない。


弁当を食べ終えて、あらためて「レタスクラブ」を開く。満腹になると、さっきはあんなに美味そうに見えたオムレツが、今はそれほどでもない。やっぱり、「空腹が最高の調味料」ってことなんだろう。まあ、とりあえずオムライスの作り方でも見ておこう。
なるほど、先にチキンライスを作って皿に盛り付けておいて、そこにオムレツを乗っけるわけね。これなら自分でも出来そうだ。今度試してみよう。

いつの間にか京都・大阪を過ぎた電車は、岡山駅のホームに滑り込む。
「レタスクラブ」にも好い加減に飽きて見上げた視線に飛び込んで来たのは、何ともナイスな、岡山理科大学の看板。
白衣を着て様々なポーズを取るリカちゃんが、高らかに宣言している。

「リカ、大学に行きます」

うむ、行きなさい。パパはリカのやりたいことならば反対はしないよ。ただし、男子学生やエロ教授の毒牙には気をつけなさい。コスプレ好きな輩には要注意だ。「お医者さんごっこ」には特に注意が必要だぞ。


山陽道に入るとトンネルが続き、何とも退屈だ。車内販売のワゴンを押す女子に思わず注意が向く。

「はい、ホットコーヒーですね。300円です」
微妙に揺れる車内で器用にバランスを取りながら、てきぱきと仕事をこなす若い女子が何とも素敵だ。
しかし、乗客からお金を受け取る時の受け答えがちょっとひっかかる。
「はい、1000円からいただきます」

いただきます、という表現はどうだろう?
「自分は君に金をあげたつもりはないんだが」
と言いたくなってしまう。
やはりこの場合は、「お預かりします」と言うのが妥当だろう。

しかし、300円ちょうどを受け取って、「300円からお預かりします」と言うのも違う気がする。
「預かったものは、ちゃんと返してくれよ」と言いたくなってしまう。
それに、「1000円から」という、「から」も良くわからない表現だ。
ここはひとつ、誰にでもわかるような表現を使ったらどうだろう?

「はい、1000円です!」

そう、受け取った金額をそのまま高らかに宣言するのだ。
これならば文句のつけようがないだろう。「1000円から」なんていう曖昧な表現も避けることが出来る。
新幹線のワゴン販売に限らず、コンビニやスーパーのレジにおいても、是非この表現を採用して頂きたい。
さあ、高らかに宣言しよう!

「はい、1000円です!」


いつ関門トンネルを通ったのかも気付かないうちに、新幹線は博多駅に着いた。せっかく本州から九州に渡るんだから、自分のような素人のためにも、車内放送で「ただ今関門トンネルを通過しております」くらいは言って欲しい。博多駅に降り立っても、九州に着いたという実感がどうも湧いてこない。
しかし記念すべき九州初上陸だから、ここはひとつ歓喜の雄叫びでもあげておくか。

おいどんば、博多にくさ、着いたばってんがァ!

博多弁なんて知らないので、適当に雰囲気で言ってみた。
ようわからんばってんが、「くさ」とか「ばってん」とかを使えばくさ、それっぽく聞こえるくさ?


この旅の行き先は「西」なので、博多よりも更に西に位置する長崎を目指すことにする。

長崎行きの特急電車に乗り込み、車窓を流れる景色を眺める。
新幹線から見える空はずっと鉛色だったのが、長崎に近づくにつれ、次第にきれいな青空へと変わっていく。空が晴れるのとタイミングを合わせたかのように、目の前に有明海が広がる。
やっぱり海のある風景は良い。ゆったりとした気分になる。


16時57分長崎着。

朝東京駅を出てから8時間以上経っているが、ずっと楽な姿勢で座ってきたためか、あまり「遠くに来たなあ」という実感が湧いてこない。
しかし記念すべき長崎初訪問だから、ここはひとつ歓喜の雄叫びをあげておくか。

おいどんば、長崎にくさ、着いたばってんがァ!

長崎弁なんて、博多弁以上に知らん。すまんこってす。

改札を出て長崎の街に降り立つと、いきなり暑い。それもかなり蒸し暑い。少し歩いただけで、汗が吹き出してくる。
手の甲で額の汗を拭いながら、今夜の宿を探しに、港の方角に歩いて行く。
駅前にもホテルはたくさんあるのだが、おそらく駅から離れた方が安いホテルを見つけられるだろう。しばらく歩くと、長崎港に面したちょっと古びたビジネスホテルを見つけた。自動ドアを通ってフロントに立ち、シングルは空いてますか?と尋ねる。税込4700円と聞いて、今夜の宿はここに決定する。

海に面した部屋に入って、早速備品をチェックする。
冷蔵庫がない、ドライヤーがない、そして剃刀がない。まあ、4700円だからしかたないか。東京ならばカプセルホテルでも4000円くらい取られるところもあるから、この値段でバス・トイレ付きの個室を確保出来るのであれば、あまり贅沢も言えまい。しかし、剃刀がないというのがちょっと難点だ。出来ればヒゲを剃ってさっぱりしたかったのだが、まあ我慢しておこう。


早速、長崎の街を探索する。
「坂の街」と言われるだけあって、駅を囲むように聳える山々の中腹には、隙間なくびっしりと家々が建ち並ぶ。長崎駅がちょうど盆地の底に当る構造になっているらしい。

ホテルのフロントに置かれていた市内の観光案内図を片手に、稲佐山を目指す。ここから見る長崎の夜景はあまりにも有名だ。長崎名物といえば、チャンポンか夜景か、というくらいだから、きっと素晴らしい夜景なのだろう。期待に胸を膨らませながら、往復1200円の切符を買い、ロープウエイに乗り込む。

ロープウエイの高度が上がるにつれて、眼下に広がる夜景が光を増して行く。
素晴らしい。本当に素晴らしい。
ロープウエイのチケットには、「1000万ドルの夜景」と書かれているが、確かにそれくらいの価値はありそうだ。

頂上に着いてロープウエイを降り、更に展望台の屋上を目指して歩く。
展望台から見る長崎の夜景は、まさに絶品の一言。素晴らしい。本当に素晴らしい。

と言いたいところだが、展望台はカップルだらけで、特等席は彼らによって独占されてしまっている。展望台の手すりにつかまりながら愛の言葉を交わす彼らには、背後から懸命に背伸びをして夜景を眺める孤独な男の存在など、まったく目に入らないのだろう。

てめーら、いちゃいちゃすんのは二人きりの時にしやがれ!1000万ドルの夜景を二人占めしてんじゃねえぞ!うらやましいじゃねえかあああああ!


行きは額面通り1000万ドルの夜景だったが、帰りには1200円の夜景にまで価格破壊してしまった。
でも、往復ロープウエイ代金の1200円の価値は充分にあったと思う。今度は背伸びをしなくても良いように、シークレットブーツを穿いて来ることにしよう。

宿に戻る途中のコンビニで、ビールとツマミを買い込む。
普段飲み慣れている「サントリー・マグナムドライ」と、チーかま、ポテトサラダを購入。
レジを打つ金髪あんちゃんの仕事ぶりが何とも丁寧で、微笑ましい。やっぱり地方のヤンキー君は、都会のすれたバカヤンキーとは違ってどこか純朴だ。頑張れ、金髪あんちゃん。明日はホームランさ。

部屋のベッドに腰掛け、窓から見える長崎港の夜景を眺めながら缶ビールを飲む。
時折聞こえる、「ボー」という汽笛が一人旅の気分を盛り上げる。クーッ、カッコ良いぞ、自分。

コンビニの袋からポテトサラダを取り出し、フィルムを剥がす。
プラスチックのフタを外し、箸を探す。

お?箸がないぞ。
まさか入れ忘れたんじゃないだろうな。

袋をひっくり返してさんざん探してみたが、やっぱり箸の姿はどこにもない。
ちくしょー、ヤンキー君め、箸を入れ忘れやがったな。
金髪に染めてる暇があったらちゃんと仕事しろよ、この野郎。


ロマンチックな汽笛の音を聞きながら、手掴みでポテトサラダを食べる。

自分を見つめ直す一人旅の最初の夜。
それは、「野生に帰る夜」だった。




TOP