青春の貧乏自慢 




以前から思っていたことなのだが、どうして皆んな、若い頃の貧乏生活を自慢したがるのだろうか?

テレビのバラエティー番組でも貧乏自慢企画は良く目にする。今は押しも押されもせぬ大スターが、下積み時代にはそれこそ赤貧にまみれていた、なんていう体験談を面白おかしく再現ドラマ仕立てにしたりする、あの手合いである。「食パンのミミをかじって飢えをしのいだ」とか、「アパートのキッチンで入浴した」と言った貧乏体験を語るスター達は、例外なく嬉々としている。

やはりこれは、「昔は貧乏だったけど、今はほら、こんなにお金持ち」という余裕から来るものだろう。
「相変わらず今もパンのミミをかじって、キッチンで入浴してます」なんてことを、嬉々として語る人はいない。もしいたとしても、見ているこちらの方が辛くなって、きっと直視できないだろう。
つまり、若い頃の貧乏自慢という行為は、ある程度の富に恵まれた人間にのみ与えられた、一種の特権なのである。

思えば自分も若い頃は貧乏だった。
今でこそ、こうしてパソコンという文明の利器を手にし、ビールを飲みながら愚にもつかない駄文を書くことができる生活を送れるようになったが、学生時代はとにかく貧乏だった。その日食べるのにも苦労する、というほどではないにしろ、人並みに貧乏だった。

ということで、自分も人並みに若い頃の貧乏自慢をしてみたいと思う。自分の恥ずかしい過去を書くことによって、ある種のカタルシスを感じるのも悪くはないだろう。


自分の貧乏ヒストリーは、大学入学のために上京した時から始まる。
大分くたびれたスポーツバックを抱えて上越新幹線に乗りこみ、上野駅を目指す自分のお腹には、出掛けに両親から受け取った虎の子の10万円が入っていた。

これから生き馬の目を抜くとも言われる大都会東京で一人暮しを始める自分にとって、現金だけが頼りだ。これをなくしてしまったら、いきなり路頭に迷ってしまう。下宿に着くまでは何があってもこの10万だけは死守するぞ、と悲壮な決意で新幹線に乗りこんだ自分の気持をわかってもらえるだろうか。
無事に下宿に辿り着いて、腹から大事な大事な虎の子を取り出すと、その10万円はちょうど良い具合にしっとりと湿っていた。まさにこれぞ「人肌」。熱燗をつけるときの極意である。主人の草鞋を胸で暖めて差し出した木下藤吉朗の心境だ。

きれいに掃除された部屋には、実家から前もって送られていた布団袋が静かに座っている。6畳間にある荷物はその布団袋のみ。袋の紐を解いて布団を敷いてみる。うーん、6畳間ってこんなに広かったのか。まだまだ捨てたもんじゃないな、6畳間。

いや、そんなことに感心している場合じゃない。
しっとりと湿った万札を握り締めながら、当面必要な物資を買いに、早稲田の街に繰り出す。

さてと、まず必要なものは何だろう?
とりあえず風呂に入りたい。自分の部屋には当然風呂なんて付いていないから、さしあたり銭湯に行く道具が要るだろう。少し歩くと、「ひまつぶし」という看板を掲げた怪しげなディスカウント・ショップが目に入る。この店で、洗面器と石鹸と垢すりのタオルと剃刀を買う。
シャンプーを買ったかどうかは良く覚えていないが、「とりあえず石鹸で頭を洗えば良いや」と考えて、シャンプーとリンスは見送ったような気がする。この時期、自分にとっての「シャンプー・リンス」は、相当な贅沢品だった。

記念すべき上京最初の食事は、アパート近くにあった「大仙」という中華料理屋だった。
確かこの店で、「ニラレバ定食・ライス大盛」を注文したと思う。この店にはこれ以降足繁く通ったのであるが、今でも往時と変わらず営業している。

余談だが、この間散歩の途中でこの「大仙」に立ち寄って、「ニラレバ定食」を食べた。
ちょっとやさぐれた感じの、でもちょっとカッコ良い競馬好きの店主は、当時と変わらない風情で仕事をしていて、何だかちょっと感動した。何しろこのオヤジ、全く年を取っていないのである。味はもちろんのこと、調理の合間にタバコを唇の端に咥える仕草も昔のまんまだ。
3日に一度はこの店に通って「ニラレバ定食・ライス大盛」を食べていた自分のことなんて、まったく記憶にないんだろうな。オヤジは昔と同じように、淡々とナベを振り続けていた。

これから始まる大学の講義に必要になる教科書を揃えると、いきなり手許の現金が淋しくなる。
義務教育では当り前のように支給された教科書が、大学では自腹で購入しなくてはならない。当然と言えば当然なのだが、これがバカにならない。なにせ、1冊3千円以上するのである。10冊揃えたらもう3万円オーバーだ。この時には、大学付近の古本屋で中古の教科書を購入する、なんていう知恵はなかったから、バカ正直に定価で買って、その度に財布を覗きながらため息をついていた。

思いがけず高価な教科書のおかげでいきなり手許不如意になった自分は、速攻でバイトを決めた。下宿から歩いて2分、学生会館に隣接する「ノースウエスト」という名前の雀荘だ。2階はビリヤード場になっているその店の時給は600円。当時としてはごく平均的な時給だったが、部屋から近いというのがとにかく魅力的だった。寝坊してしまうこともあったが、そんな時にはマスターから電話が入って(もちろん呼び出し電話)、あわてて着替えて10分で店に到着するというコンビニエンスさだ。

またまた余談だが、「大仙」に立ち寄ったついでにこの「ノースウエスト」も覗いていこうかと思ったのだが、そこにはもう思い出の雀荘はなくなっていて、「NORTH WEST BUILDING」という名前の背の高いマンションが建っていた。雀荘経営で儲けたマスターが、マンション経営に商売変えしたのだろう。悠悠自適の生活を送ってるんだろうなあ、羨ましいぞ、この野郎。

変わらずに営業している店もある一方で、永遠に思い出になってしまった店もある。懐かしさと同時にいくばくかの淋しさも覚える。

バイトを始めてなんとか食うには困らないくらいの生活にはなったが、それでも余裕のある生活とは程遠い。部屋にある電化製品は14インチのテレビのみ。洗濯機もなければ冷蔵庫もない。それどころか、カーテンすらない部屋には西日が容赦なく差し込み、前の晩に飲み切れなかった1リットルの紙パック入りの牛乳が、わずか1日で立派なヨーグルトに変身してしまう。当然エアコンなんて設備はなく、夏は忍耐、冬は万年床がこの部屋に許された唯一の冷暖房設備である。

真夏の蒸し暑い夜などは、パンツ一枚でダラダラと汗をかきながら、紙パック入りの生ぬるい牛乳を飲むのが何よりの楽しみだった。

って、そんなわけはない。エアコンの効いた涼しい部屋で、素敵に冷えた牛乳が飲めたらどんなに幸せだろう、と、いつもいつもいつもいつもいつも思っていた。エアコンは論外としても、せめて扇風機くらいは欲しい。しかし、それすらも許されない経済状態が悲しかった。
扇風機が無理なら、厳しい西日を遮るカーテンだけでも買えれば、と思うのだが、ついつい目先のニラレバ定食や友人達との安居酒屋での飲み食いに、貴重な現金は消えていくのである。

飲食費の他にも、その当時自分の逼迫した家計を更に圧迫していたのが、洋服代である。

実は自分はオシャレ大好き人間で、「ポパイ」や「ホットドック・プレス」と言った、当時流行のファッション雑誌を参考にしながら、毎週のように原宿や渋谷に繰り出しては、自分の貧乏をかえりみず、色々な洋服を買っていた。当時はデザイナーズブランドの全盛期だった。まさにネコも杓子もブランド物、といった感じで、本当にネコがブランド物の服を着て街を歩いているような時代だった。
とは言っても、ブランド物なんてそうそう買えるわけではないから、なるべく安くて、でもセンス良く見えるものを買っていた。食費を削ってまでもこういった流行を追っていた自分が、今となってはちょっとだけ愛しい。

殺風景な部屋で、危うくヨーグルトと化しそうな生ぬるい牛乳を飲みながら、買ってきた服を着て一人悦に入っていた自分。今から考えると何とも田舎者丸だしで、限りなく恥ずかしい。
大体、そんな分不相応なオシャレをしたところで夜の繁華街へ繰り出す金があるはずもなく、生協の150円カレーを食べるか、ニラレバ定食ライス大盛を食べて銭湯に行って寝る以外に選択肢はなかったのである。何と言う無駄遣いだろう。


ここまで書いて、はたと思い当たった。
ことさらに「貧乏だ貧乏だ」と言っているその陰には、こうした無駄な贅沢が大きく影響していた、ということに。
なるほど、そうだったのか。実はこの文章を書くまで、その自明ともいえる貧乏の原因に思い至らなかった。背伸びせずにダサダサなファッションに甘んじていれば、別に赤貧に喘ぐ必要もなかったってことだ。
つまり、自分は貧乏を強いられたわけではなく、自ら好んで貧乏に甘んじていたわけだ。

いやーん、ちょっとショック。
こんな「貧乏自慢」なんて、何の説得力もないじゃん。


まあいいか。ここで反省していては話が先に進まない。とにかく自分は貧乏だったということにしておいて、次に行こう。


金が無い時にはひたすら耐える、というのが基本であるが、遊びたい盛りの時期である。そうそうじっと耐えてばかりもいられない。合コンにも参加したいし、ナウいデスコでナイスなギャルもナンパしてみたい。しかし先立つものが無い。そんな自分の目に飛び込んできたのが、「学生ローン」と書かれた怪しげな看板。

とりあえず3万円あれば当面は凌げる。

学生証を見せるだけで上限30万円までなら無担保で貸してくれるという、何ともありがたいシステムに思わず目がくらんだ自分は、気付いた時にはその怪しげな看板を掲げた雑居ビルの一室に足を踏み入れていた。

いらっしゃいませ、と営業スマイルをふりまく女性店員に促されて椅子に座る。
彼女のすぐ後ろで、難しい顔をして何やら電話で話している強面の男性が目に入る。やっべ、怖いじゃん。こんなところで迂闊に金を借りたりして大丈夫なのか?「学生ローン」なんて言っても、結局は「サラ金」と同じだろ?今からでも遅くないから、このまま頭を下げて帰っちゃえよ。今なら間に合うって。

「それで、おいくら必要ですか?」
そう訊かれた自分は、もう逃げられないと腹を括った。ここが男の見せどころだ。なめられてはいけない。無理矢理に弱気を押しこめて、思い切り低い声で答えた。
「はい、10万円ほど借りたいんですが」

おーい、何言ってんだ、自分!しかも敬語じゃん!

3万円のつもりが、いきなり10万円の借金を背負ってしまった。
ホント、バカじゃないの?何で借金するのに見栄を張らにゃいかんの?


書けば書くほど自分のバカさ加減が明らかになってくるので、これ以上書くのが嫌になった。
お父さん、お母さん、こんな息子でごめんなさい。

ってことで、全然まとまってないが、今回はこれにて唐突に終了。
気が向いたら続編を書くつもりなので、今回はこんなところで勘弁して下さい。たまにはこういう書きっぱなしがあっても良いでしょ?




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