多摩川をゆく〜三日目 



2002年5月3日 天候:晴れ 最高気温:23℃



朝5時起床。

冷蔵庫を覗くと卵とハムがある。今日はチャーハンを作るとしようか。

煙が立つまで鉄ナベを熱し、サラダ油を注いで更に1分待つ。溶き卵を流し込み、大きく一回掻き回してすばやくご飯を投入。卵がご飯に万遍無くからむように、ナベを煽りながら手早く混ぜる。家庭用の火力の弱いコンロでは、ナベを煽るとかえって温度が下がってしまい逆効果なようだが、何だか煽った方がカッコ良いし美味そうに思えるので、誰も見ていないけど取り敢えず煽ってみる。
一通り混ざったら、予め細かく刻んでおいたハムを投入し、塩・コショー・化学調味料で適当に味付けをし、最後に醤油を回しかけ、長ネギを小口切りにしたものを投入して2〜3回更に煽って出来上がり。

チャーハンの作り方は人それぞれだろうが、これが一番ポピュラーな作り方だと思う。
「最初に炒り卵を作って別皿に取っておき、ご飯と具を混ぜてから、改めて炒り卵を投入して混ぜ合わせる」なんていう作り方もあるみたいだが、これだと卵がやけにゴツゴツとした食感になり、あまり美味くない。やっぱりチャーハンは手早く一気にガーッと作るのが一番美味いと思う。


おっと、いきなり料理エッセイになってしまった。本題に戻ろう。


6時に行徳駅を出て7時30分にJR拝島駅に降り立つ。
前回の散歩から3日経っているので、足の痛みもすっかり取れて快適に歩ける。まだ朝露の残る草の上をジーンズの裾を濡らしながら歩くのもなかなか心地良い。川の土手はサイクリングコースになっているが、アスファルトで舗装された部分は敢えて避け、その横の細い土の部分を選んで歩いて行く。

とにかくこのアスファルトというのが、足にとっては大敵である。土の上を歩くのに比べて、アスファルトの上を歩くのは想像以上に足に負担がかかる。可能な限りアスファルトは避けるのが長歩きのコツである。
良く、「昔の人に比べたら現代人は全く歩かなくなった」と言われるが、交通機関の発達という絶対的な要因の他にも、このアスファルトによる舗装というのも少なからぬ要因になっていると思う。昔の人を現代に連れてきてアスファルトの上を歩かせれば、意外にあっさりと音を上げてしまうんじゃないだろうか。
それほどアスファルトというのは足にとって良くない。

ただ、土の上を歩く場合にもちょっとした危険がある。それは「犬の糞」。
しかし、散歩のプロたるもの、そんな危険は百も承知である。視覚だけでなく、嗅覚をもフル稼働させながら危険を事前に察知し、地雷を踏まないように歩いて行くのがプロのプロたる所以である。


なんて言ってる端から、見事に踏んだ。


もー、誰だよ、こんな所に糞を放置して行くヤツは!
それまでの爽快な気分は吹き飛び、何だか泣きたくなってきた。脇の草むらに入って靴の底をゴシゴシ擦って見るが、なんだか今一つスッキリしない。幸いにも近くに水道を見つけたので、靴の底を水で洗ってようやく安心する。やっぱり拭いただけだと今ひとつ安心出来ない。ウオシュレットが流行るのもわかる気がする。


しばらく歩くと、草野球に興じる若い男子の集団に出くわした。何かの大会らしく、かなりの人数だ。
試合前の練習だろう、キャッチボールやノックで身体をほぐしているのだが、良く見てみると何だかちょっと様子が違う。ボールがやけにデカイのだ。そうか、野球じゃなくてソフトボールか。しかし、若い男子がソフトボールというのもちょっと珍しい気がする。

自分のソフトボール経験は中学・高校の体育の授業でしかないが、何と言ってもソフトボールはピッチャーに限る。
授業のソフトボールの時には真っ先にマウンドまで走り、
「あ、ピッチャー俺ね!俺がピッチャーだから!」
と叫んで強引にボールを奪取したものだ。何たって一番ボールに触る頻度が高いのがピッチャーだ。どうせなら一番美味しいポジションに付きたいと思うのが人情ってもんだろう。
「あ、ライト俺ね!俺がライトだから!」なんて一目散に外野に駆けて行くヤツなんて見たことがない。ソフトボールで外野を守るくらいだったら、ベンチで野次将軍に徹する方がまだマシだ。


少し疲れてきたので、河原に置かれたベンチに座って休むことにする。振り返ってみると、綺麗に晴れた空に富士山が聳えているのが目に入る。千葉からでも冬晴れの日なんかには富士山が見えることがあるが、今日の富士は千葉から見える富士とは比べ物にならない位に大きい。
山頂に残雪を残した白い富士山と、堤防に生い茂る若葉の緑、多摩川の青い水面が絶妙な色彩のコントラストを作り出していて、何とも見事だ。いかに無粋な自分とても、一句ひねりたくなる。

「富士の白 若葉の緑 多摩川の青」(若干字余り)


そろそろ腹が減ってきたので、多摩川沿いに走る道路で見かけたセブンイレブンで昼飯を買って食べる。
良く考えてみると、この3日間ずっとコンビニで昼飯を摂っていることになる。こういう川歩きをしていると、流れを外れて街に出るというのが何だか凄くもったいない気がしてしまうので、どうしても手近のコンビニで済ませてしまうことになる。まあ、コンビニの食事の味気なさを多摩川の景色が補ってくれると考えれば、我慢も出来るってもんだ。


昼飯チャージを済ませ、更に歩いて行く。
陽が高くなるにつれて大分暑くなって来た。背中にかいた汗がリュックのせいで逃げ場を失い、Tシャツの中が蒸れた感じがする。冬場の散歩では、このリュックが背中を暖めてくれる効果を発揮するのだが、こういう気温の高い日にリュックを背負って歩くと、ちょっと不快を感じる。ナイロンの生地が汗の発散を邪魔するので、どうしても蒸れた感じになる。
とは言え、散歩するにも会社に行くにも必ず背負っている、まさに「相棒君」とも言えるリュックだ。粗末には扱えない。

余談だが、今でこそスーツ姿にリュックという格好は当り前になった感があるが、このスタイルを最初に採用した人物は一体誰なのか知っているだろうか?
はい、それは何を隠そうこの自分なのです。

自分が社会人2年生の時にリュックデビューをした際の周囲の反応は、圧倒的にネガティブなものだった。
「スーツにリュックは無いんじゃないの?」とか、
「ランドセルを背負った小学生みたい」など、周りの評価は散々だった。
そんな周囲の冷ややかな視線に耐えつつ、その当時は奇異と見られたスタイルを貫き通した結果、今ではすっかりこのスタイルが市民権を得るまでになったのだ。

つまり自分は「散歩のプロ」であると同時に、「サラリーマンのファッションリーダー」とでも言うべき存在なのである。
我ながら何とも凄い。百年後の歴史の教科書に「リュックスタイルの始祖」として記述されるであろうことは、ほぼ間違いの無いところであろう。
はい、これ試験に出るから要チェック!


すっかり歴史上の重要人物になってしまった感慨に浸りながら歩いて行くと、サイクリングコースの両脇が緑地になっていて、バーベキューを楽しむ集団で賑わう場所に出た。
狂牛病騒ぎなどどこ吹く風、バーベキューコンロの上には色とりどりの牛肉が煙を上げていて、何とも美味そうだ。

そうしたヘルシーバーベキュー軍団に混じって、ちょっと異色な熟年夫婦を発見した。
芝生に敷かれたレジャーシートに腰を下ろした夫婦は、差し向かいに碁盤を睨んでいるのである。つまりは、「青空囲碁夫婦」。その碁盤も、NHK教育テレビの囲碁対局で目にするような本格的な碁盤である。

夫婦共通の趣味を持つことは素敵なことだとは思うが、こういう1対1のゲームってどうなんだろう?負けると他人のせいにすることが出来ないだけに、かなり悔しい。負けた相手が毎日顔を合わせる夫婦であればなおさらだ。夫婦の絆を深めるつもりが、逆に夫婦喧嘩の種になってしまわないだろうか。ちょっと心配だ。

自分が学生の頃はビリヤードが大流行した時期があり、当時付き合っていた彼女とビリヤード・デートをしたことも良くあった。ある日彼女にナインボールで5連敗だったか6連敗だったかを喫したことがあり、この時はさすがに頭に来た。
キューの握り方が悪いんだよ、なんてありがたいアドバイスまで頂いて完全にヘソを曲げてしまい、それからしばらく彼女とは口をきかなかった覚えがある。

目の前で面白いように「スコーン!」とナインボールを完膚なきまでに連続で落とされた日には、いかに温厚な自分とても頭に来る。いや、ヘタクソな自分が悪いだけなんだが。
実は密かにプロのハスラーを目指していた自分は、その無謀な夢を誰にも語ることなく、その日を最後に静かにキューを置いた。


何だか嫌なことを思い出してしまった、なんて思いながら歩いて行くと、ベンチに座ってギターを弾いている若い男子に遭遇した。中途半端なロン毛と真っ赤なジャケットが、70年代フォークの全盛期を思い起こさせる。何とも素敵だ。しかもベルボトムのジーンズを穿いているではないか。益々素敵だ。今時こんな天然記念物ものの男子が都内に棲息しているのかと思うと、何だか妙に嬉しい。

実は自分もちょっとだけギターを練習したことがある。
友人のアパートに居候をしていた時に、その友人のギターを借りてちょこっと弾いてみたのである。
類まれなる天性の音楽的センスのおかげで、簡単なコードなら押さえられるようになったのだが、どうしてもFのコードが押さえられない。下唇を軽く噛みながら「エフ」と静かに発音してみても、指は言うことを聞いてくれない。
この役立たずの人差し指め!
結局あっさりと挫けてしまった。

この時は別に「プロのギタリストになっちゃる!」という野望は無く、「ギターが弾ければ女子にモテモテかも?」といった不純な動機からだった。

「ギターを弾くだけでなく、弾き語りなんかしちゃったら、もっとモテモテ?」とか、「自作のラブソングなんか歌ったりしたら、もうハーレム?」なんて勝手に思い込んでいた。
何せ自分は声変わりをするまでは、音楽教師から「天使の歌声」とまで絶賛された美しいボーイ・ソプラノの持ち主だったのだ(ちょっとだけ本当)。ギターを片手にラブソングなんかを歌った日には、どんなにガードの固い女子だって、一発で落ちるはずだ。いや、何が何でもこの歌声で落としてみせる。

その考えがとんでもない間違いだったと気付いたのは、つい最近のことだ。

歌舞伎町の店で、若い女子を横に座らせて話をしていた時のこと。
店の中央にはなぜか誰も弾かないグランドピアノが置いてある。自分がそのグランドピアノを颯爽と弾いている姿を想像しながら、横の女子に聞いてみた。

「ピアノが弾けるヤツってカッコ良いよね」
「そうだよねー、ピアノは本当にカッコ良いよねー」
「でもさ、ギターを弾けるヤツも相当カッコ良いよね」
「えー、ギター?ギターなんて最悪だよー」
「え?そうなの?何で?」
「だって何だかナルシストっぽいじゃん。弾き語りなんかされたらキモイよー」
「え?キモイの?」
「自作の歌なんか歌われたら、もうオエーって感じだしー」

危うく”最悪でキモクてオエー”な人間になってしまうところだった。有難う、Fコード。


調布市に入り、海まで残り30kmを切る。
京王線下をくぐると、ウインドサーフィンに興じる人達の姿が目に入る。初日の渓谷でカヌーに興じる人達の姿が頭の中でオーバーラップし、多摩川の成長とともに、自分のこれまでの行程が頭の中に再現される。
多摩川の流れはもうすっかり下流の趣きをたたえ、ゆったりゆったりと流れている。流れに沿って歩く自分も、何だかゆったりゆったりとした気分になる。

土の部分を選んで歩いてきたおかげで、足の痛みはほとんど無い。まだ時間も早いし、これから先5kmくらいは楽に歩けそうな感じだが、あまり歩いても明日の楽しみがなくなってしまう。今日のところはこの辺りで切り上げることにしよう。

多摩川の流れを離れて、小田急線の狛江駅に向かう。
今日も良い散歩が出来た。有難う、多摩川。


狛江駅で切符を買って、新宿行きの各駅停車に乗り込む。
心地良い電車の揺れにうつらうつらしながら、ペーパーバックを読むともなしに読む。こういう気分の時には各駅停車の電車のリズムが何とも心地良い。

なんてすっかり良い気分に浸っていたのだが、気付いて見ると、この電車、一向に前に進まない。
狛江駅から新宿駅までわずかの距離なのに、3回も快速電車の通過待ちをするのである。しかもその度の待ち時間が果てしなく長い。快速待ちだけでも合計で20分くらいは停車してるんじゃないだろうか。

一体いつになったら新宿に着くんだよ。何なんだよ、この電車は。いい加減頭に来る。もうこんな電車になんて、2度と乗ってやんないからな。


あのー、この電車に乗らないと、この先の散歩は続けられないんですけど、と控えめに呟くもう一人の謙虚な自分のことは全く無視して、心の中で中指を突き立てて怒りまくる未熟なプロがそこにはいた。


3日目の行程

JR拝島駅から小田急線狛江駅まで。
全行程およそ26km。海まで残り23km。



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