多摩川をゆく〜一日目 




2002年4月28日 天候:晴れ 最高気温:19℃


朝4時起床。

ご飯を炊いて納豆をぶっかけて食す。納豆は「おかめ納豆」、味噌汁の具は「理研の増えるワカメ」。つけ合わせにはカブの酢漬け。これからの長歩きを考えるとかなり貧弱な内容だが、あまり豪華なメニューでもちょっと気分が出ない。何せ自分は散歩のプロなのだ、質素なメニューの方が何となくプロっぽい感じがするってもんだ。

シャワーを浴びて着たきり雀のジーンズを穿き、駅へと向かう。5時7分行徳駅発の始発電車に乗り込む。多少風が冷たいが、空は綺麗に晴れている。気分爽快、出だしとしては上々だろう。

中野駅でJR中央線に乗り換える。ゴールデンウイークということもあってか、車内には登山服姿の人達が目に付く。立川駅で奥多摩行きのJR青梅線に乗り換えると、車内の登山服人口が一気に増える。6割位の人達が、山高帽にニッカボッカ、大きなリュックに登山靴と言った、本格的な登山ルックでキメている。思いきり軽装の自分は、何だかちょっと気後れしてしまう。

青梅線に乗り込んでから30分もすると、地元民らしき普段着の人達は皆電車から降りてしまい、自分の周りは登山のベテランばかりになってしまった。何だか激しく気後れしてしまう。自分の向かいに座っている重装備の男性が、「ふん、このド素人が」と心の中で自分を笑っているような気さえする。

「あの、自分も一応散歩のプロなんですけど」と、心の中で呟いてみるが、あまり効果はない。

とにかく皆リュックがデカい。自分も一応リュックを背負ってはいるけど、いつも会社に背負って行くヤツだから、周りから見たら激しくしょぼい。リュックの世界にもヒエラルキーがあるとすれば、周囲のベテラン達のリュックと自分のリュックとは、大地主と小作民ほどの違いがある。何だかいきなり散歩のプロの看板を下ろしたくなってきた。地元民のフリをして途中駅で降りちゃおうかな。

そんな弱気なことを考えていると、目の前のベテランが自慢のリュックからタオルを取り出して、おもむろに首に巻き始めた。そう言えば、駅に着いてドアが開く度に、車内に流れ込む空気がだんだん冷たくなっているような気がする。改めて周りを見渡すと、皆暖かそうな格好をしている。それに比べて自分は、木綿のシャツの下にはTシャツ一枚切りという薄着だ。向かいのベテランが、「ふ、山をなめんじゃないよ」と心の中で笑った気がして、自分の中の素人メーターは一気にレッドゾーンに入った。

いつの間にか車窓を流れる景色が緑一色になり、素人の自分はますます心細くなってきた。それまで広げていたペーパーバックを閉じてそっとリュックにしまい込む。車内の雰囲気も車窓の景色も、横文字の存在を真っ向から否定している感じだ。「山と渓谷」以外の雑誌を広げることは許されない空気が満ちている。せめて「BE-PAL」くらいは持ってくるべきだったと後悔するが、「BE-PAL」だってタイトルが横文字だ。「ふうん、"BE-PAL" ねえ。それって面白いの?」なんて唇の端で薄く笑う向かいのベテランの顔が目に浮かぶ。とにかくこの場は耐えるしかない。プロを目指して意気揚揚繰り出した自分が、今ではもうすっかり素人に成り下がってしまっている。

しかし、登山服ってどうにも言い訳の出来ない格好だと思う。

海に出掛ける時に、いきなり海パン一丁で部屋を出る人なんていないし、バーベキューに行く時に、左手に紙皿を持ち、右手で缶ビールを握り締め、口に割り箸を咥えて出掛ける人なんて見たことがない。

それに対して登山に出掛ける人は、もう最初から登山服に身を包む以外に選択肢はない。当然目的地を途中で変更することも許されない。雨が降ってきたから登山は中止にして、近くの映画館に入ろうか、なんてことは絶対に許されない。雨が降ろうが槍が降ろうが、当初の計画通りに登山を遂行する以外に道は残されていないのだ。

そんな言い訳の出来ない人生なんて、楽しいですか?自分は敢えてそう問いたい。自分の格好だったら、映画館にも入れるし、遊園地にも行けるし、いざとなったら六本木のクラブにだって行ける(多分ね)。ガチガチに決められた人生と、フレキシブルに対応出来る人生、貴方ならばどちらの人生を送りたいと思いますか?

って言うか、こんな屁理屈をこねまわす人生だけは送りたくないね。


終点の奥多摩駅に降り立つと、やっぱりかなり寒い。都内よりも2〜3℃位は低い気がする。2〜3℃と書くと大した違いではないように感じるかも知れないが、華氏に換算すると5〜6℃も低いことになる。これは想像以上に厳しい数字だ。いや、別に無理して華氏に換算する必要なんて、全く無いんだが。

取り敢えず奥多摩湖方面に向かって歩き出すと、左手にコンビニが見えた。お粗末な手書きの看板には「東京都最西端のコンビニ。標高339M」と書かれている。店内に入ると客は自分一人だけだ。つまり、この時間に東京で一番西に位置するコンビニで自分は買い物をしていることになる。東京都民の人口は約一千万人。この瞬間に自分は一千万分の一の人間になってしまったわけだ。これってちょっと凄いことだと思う。ジャンボ宝くじの一等に当選する確率が180万分の1だという話をどこかで聞いた記憶があるが、それすらも問題にならない位の確率である。これまでずっとジャンボ宝くじを買い続けて、いまだに3000円しか当ったことの無い自分が、何故今日に限って一千万分の一の人間に選ばれてしまったのか。これを奇跡と言わずして何と言うのか。

これから先、奥多摩湖までは売店などあろうはずもないから、予め昼飯用のおにぎりを買っておくことにする。定番の梅のおにぎりと明太子のおにぎりを確保した後、更に高菜のおにぎりを手に取った瞬間、ここ数日間、頭の中でヘビーローテーションで流れていたフレーズが再生された。

「高菜・高菜・高菜ー、高菜を食べるとー、頭・頭・頭ー、頭が良くなるー♪」

なるほど、高菜はどうやら頭に良いらしい。食べて損はないだろう。

コンビニの向かいに「奥多摩湖むかし道」と書かれた看板が目に入った。どうやら奥多摩湖に通じる遊歩道になっているようだ。味気ない国道を歩くよりは、遊歩道の方が楽しいに違いない。そう思って狭い「むかし道」を歩き出した途端に激しく後悔した。いきなりの急な上り坂である。まさに容赦なし。登り始めた途端に息が上がる。

いや、散歩のプロたる者、こんなところで音を上げてはいけない。普段の街歩きですっかりなまってしまった足の筋肉を励ましながら、「むかし道」を登って行く。

朝の爽やかな空気が何とも心地良い。時折「ホー・ホケキョ」という鳴き声が聞こえて来るのも風情がある。日光のいろは坂並みにタイトに折れ曲がったツヅラ折りの坂道を息を切らせながら登って行く。道の脇には小さな観音様やお地蔵様が祭られてあり、その横に建てられた由緒書きの看板を読むのがまた何とも楽しい。今でさえこんなに狭い道なのに、当時はもっと道幅が狭くて、それなのに荷物を背負った馬や牛が往来していたようである。崖から転落してしまう馬も多数いたという説明書きに思わず納得してしまう。

時折眼下を交差する多摩川の流れは、まさに清冽の一言。とにかく色彩のコントラストが見事である。新緑の若葉の緑に負けないくらいの、鮮やかなエメラルドグリーンの流れ。思わず息を飲むくらいに美しい。


奥多摩湖への行程のおよそ半分を歩いたところで、渓流に掛かる吊り橋を発見する。取り敢えず散歩の途中でこういうイベントに遭遇したら、何はともあれ満喫するのがプロってもの。高い所は苦手なことも忘れて、吊り橋を渡り始める。

実は高所恐怖症の自分。特に吊り橋は大の苦手。あの足元が揺れる感じがどうにも怖い。怖いと思うほど速足で渡ろうとするから、橋の真中あたりのたわんだ部分で大きく揺れて、思わず腰の引けた格好で無意味に足元に視線を送りながら固まってしまうことになる。これはかなり間抜けな格好だ。もし、「どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」なんて通りすがりの若い女性に声をかけられたら、一体自分はどう返事をしたら良いのか?「あまりに素晴らしい景色に見惚れてしまって」なんて言い訳が通用する格好ではない。

腰の引けた姿勢のまま何とか渡り切ったが、安心している暇はない。再び吊り橋を渡って「むかし道」に戻らなければいけない。しかし、人間は学習する動物だ。吊り橋攻略法はすでに頭の中にある。要は静かに揺らさないように渡れば良いだけのことだ。こんなこと、サルにだって出来る。

そろりそろりと元来た道を歩き始めるが、橋の真中に近づくにつれて、やはり橋は揺れ始めた。思わず速足になってしまう。更に橋は揺れる。怖くなって立ち止まる。

気付いてみれば、さっきと同じ位置で同じ姿勢で固まってしまっている。全く学習しないプロだ。あんた、サル以下。


「むかし道」も残り3分の1となったところで、道は更に狭くなった。向こうから歩いて来る人とすれ違うのがやっとと言った状態。しかもかなりの急勾配。たちまち息が上がり、全身汗だくになる。もうこれは散歩どころではなくちょっとした登山だ。

ゼーゼー言いながら登って行くと、向こうから年配の夫婦が歩いて来るのが目に入る。プロたる者、こんなところで疲れた姿を他人に見られるわけには行かない。年配夫婦とすれ違う瞬間、息を止めてにっこりと微笑んで「こんにちは」と挨拶を交わす。充分に離れたことを確認して、一気に息を吐き出す。やっぱりプロはこうでなくてはいけない。白鳥だって、優雅に泳いでいる水面下では、必死に足をばたつかせているではないか。あのクールなイチローだって、裏では人知れず地道なトレーニングを重ねているではないか。


年配夫婦との遭遇をきっかけに、それまで貸切り状態だった「むかし道」がいきなり混んで来た。次々に下山してくる人とすれ違う。その度に息を止め、最高の笑顔を振り撒きながら「こんにちは」と挨拶を交わす。散歩のプロになるためには、肺活量が大きな要素であるらしい。おそらく今日だけで200ccは肺活量がアップしたはずだ。肺活量が少なくて悩んでいるそこの貴方。速攻で「奥多摩湖むかし道」を攻めることをお薦めする。


ようやく奥多摩湖に辿り着いた時には、既に11時を回っていた。雄大な湖を眺めながら、東京都最西端のコンビニで買ったおにぎりをほお張る。何とも美味い。

朝、部屋を出てから6時間。思えば遠くまで来たものだ。すでに自分の心は達成感で満たされていた。

良い散歩だった。これまでの生涯で一番充実した散歩だった。もう思い残すことは何もない。有難う多摩川。有難う奥多摩湖。自分は生涯君達のことを忘れることはないだろう。本当に有難う。


いや、ちょっと待て。

すっかり達成感に浸っているけど、実のところ、ようやくスタートラインに立ったばかりじゃないのか?

高菜のおにぎりを食べ終えて、少しだけ頭の良くなった自分は、ようやく現実を直視した。これから河口まで91kmの道のりが待っていることを。

タイミング良くやって来たバスに乗り込み、奥多摩駅までトンボ帰りする。

駅前は朝よりも更に多くのベテラン達で賑わっている。しかし、もう気後れすることはない。何たって、自分は奥多摩湖を制覇して来たプロなんだから。奥多摩湖行きのバスに並んでいる人達を横目に、「バスなんかに乗っちゃだめだよ。”むかし道”を自分の足で歩かないと」なんて冷静に観察している自分がいる。経験を積んだ人間は強い。たった数時間でここまで変わってしまう自分が何とも素敵だ。


奥多摩駅を出てからは、青梅街道沿いに多摩川を眺めながらの行程になる。都内の川のように両脇に遊歩道が整備されているわけではないので、国道から多摩川の姿を確認しながら、つかず離れずの距離を保って歩いて行く。「むかし道」のチャレンジングな勾配が今頃になって足にきている感じだが、エメラルドグリーンの川面が時折姿を見せるのが励みになる。

途中で川沿いに歩ける遊歩道を見つけたので、早速下りてみる。道沿いに建てられた看板には「白丸ダム」と書かれている。流れの止まった川は一面にエメラルドグリーンの色彩を誇り、何とも美しい。若葉の生い茂った遊歩道は頭上から降り注ぐ日光を遮断して、神秘的な空間を作り出している。

白丸ダムを過ぎると、大きな岩があちらこちらで流れをせき止めている渓谷に行き当たる。

河原でレジャーシートを広げてランチを楽しんでいるグループに混じって、スケッチブックを広げて絵を描いている人達の姿が目に入る。その人達の背後を通り過ぎる時に、ちらっとスケッチブックを覗き見るのだが、上手いのか下手なのか、良くわからない。多分上手いんだと思う。少なくともピカソの「ゲルニカ」よりは上手いような気がする。って言うか、自分には絵心というものが全くないので、良くわからないだけなんだが。

絵心はないけど、下心だけは人一倍ある自分ってどうっすか?


単調な青梅街道にも飽きたので、途中で交差する吉野街道を歩くことにする。

このあたりの道路には歩道が設置されていない部分があるので、歩いていてかなり不安になってしまう。それに加えてカーブの続く道路なので、かなりのスピードを出した車がブラインドから飛び出して横を通り過ぎる時なんかは、ちょっとした恐怖を感じてしまう。

こんな場所で事故に遭って死んじゃったりしたら凄く困る。自分が死んだら、きっと家族や友人達が自分の部屋の遺品を整理することになるんだろうけど、そんな時に秘蔵のアダルトビデオなんかを発見されたりしたら凄く困る。

「あいつ、こんな趣味だったのか」なんて、口にこそ出さなくても心の中で「ぷ、ちょっとマニアックな趣味」なんて笑われてしまうと思うと、死んでも死にきれない。

自分と同じように散歩のプロを目指す人にここで忠告しておきたい。散歩に出掛ける時には、まさかの事故に遭っても後悔しないように、部屋のアダルトビデオだけは処分しておこう。あと、ちょっとマニアックなエロ本なんかもね。


吉野街道をしばらく歩くと、道路脇に立てられた「御岳渓谷」と書かれた看板が目に入る。流れの脇には狭いながらも石畳の遊歩道が整備されていて、一般道の単調さに飽きていた自分は早速その遊歩道に下りてみる。

「日本の名水百選」に選ばれているだけあって、さすがに流れは美しい。渓流独特の大きな石が並んだ河原では、家族連れや若いグループが思い思いの場所に陣取って、渓谷の風景を楽しんでいる。

ここはどうやらカヌーが盛んな場所らしく、渓流の急な流れに果敢にアタックするカヌーイスト達の姿が目につく。

しかしちょっと思うんだが、カヌーにしろ、スキーにしろ、「下りる」スポーツというのは、前準備が大変な割には、その快楽はその大変な準備から比べるとほんの一瞬で終わってしまう気がしてならない。専用のスーツを着込み、ヘルメットを被った姿でカヌーとパドルを抱えて上流まで歩き、一気に下流まで漕ぎ下りて、川から上がってまた重いカヌーを抱えて上流を目指す。

どうだろう、こう書くとカヌーというのはかなり効率の悪いスポーツだと思うんだが。

ここまで書いてはたと思い当たった。自分だってカヌーと同じく、日常生活においても、一瞬の快楽のために膨大な時間を前準備に割いていることがある、と言うことに。ほんの一瞬の「放出」の快楽のために、膨大なエネルギーを「女子を口説く」という、その成否すらわからない無駄な準備行為に注ぎ込んでいる、ということに。

いや、これ以上は言うまい。その無駄なエネルギーだけでも、一般家庭の一年分くらいの消費活動を賄うのに充分なくらいのエネルギー量だと言うことだけを記しておこう。その割に、トイレの白熱電球をわずかの間照らすくらいの成果しか上げていないことなんて、情けなくてここに書くことすら忍びない。


朝から歩き詰めで、さすがに足が痛くなってくる。時計を見ると、もう夕方5時に近い。奥多摩駅に着いてから、8時間以上も歩いたことになる。今日のところはこの辺りで勘弁しておいてやろう。って言うか、もうこの辺りで勘弁して下さい。

青梅街道に戻って最寄の「石神前駅」に向かう。

春の陽はまだまだ高いが、ここから千葉の部屋に帰るまでには優に2時間半はかかるだろう。この辺りが潮時だ。

4輌編成の小さな電車に乗り込むと、ハイキング帰りの乗客で一杯で、座ることは出来ない。

あー、座りたい。本当に座りたい。こうして立っているだけで、足が痛くて仕方が無い。1000円払うから座らせて下さい。あの、自分は本当に疲れてるんですけど、出来れば席を譲ってもらえませんか?ほら、そのやんちゃなボクをなだめてお母さんの膝の上に乗せれば、一人分のスペースが空くでしょ?


ヘロヘロになりながら午後7時過ぎに行徳駅に辿り着く。

改札で「石神駅」の切符を見せて精算しようとしたところ、「え?これはどこなのかな?」と思い切り素になって当惑する駅員さん。すまん、君を惑わせるつもりはさらさら無かったんだけどね。自分だってもっとメジャーな駅まで辿り着きたかったんだけどさ。


1日目の行程

奥多摩湖から石神前駅まで。
全行程およそ20km。海まで残り71km。




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