ノリ弁を考える 




春は弁当の季節だ。
良く晴れた暖かい日に景色の良い公園で弁当を広げて食べるのに、春ほど似合う季節は無い。弁当というのは持ち運びが出来るように作られている。つまりは、外に出掛けた時にこそ食べる物なのだ。会社の机で食べる弁当というのは、ちょっと寂しい。色んな書類が散乱している机の上をちょこっと片付けて食べる弁当というのは、そこはかとなく寂しい。
ところが、これを近くの公園のベンチで食べると、それだけで確実に5割増の味になる。弁当というのは、周囲の景色を眺めながら食べるべき物なのだ。

例えば駅弁。
どんなに有名な駅弁だって、部屋の中で食べたら少しも美味くない。それだけで5割減の味になる。逆に、電車に揺られながら車窓を流れて行く景色を眺めながら食べる駅弁は何とも美味い。であるから、駅弁を食べる時には何としても窓際の席を確保したい。通路側の席で食べるくらいなら、駅弁なんて食べない方が良い。
いやあ、トンネルをくぐっている間に食べる駅弁が自分は好きでね、なんていう奇特な人がいたら是非会ってみたいものだ。つまり弁当というものは、外の景色とセットで食べるべきものなんだと思うわけである。

一口に弁当と言っても、色んな弁当がある。
駅弁の他にも、愛妻弁当、仕出弁当、コンビニ弁当、ホカホカ弁当などなど。
これらの弁当のうち、一番外で食べて美味いのはどの弁当だろう?
まず自分は独り者なので、愛妻弁当はパス。いや、自分の意志で偉そうにパスなんてことじゃなくて、パスせざるを得ないだけなんだが。
仕出弁当をわざわざ外に持って出掛ける人もいないだろうから、これもパス。
コンビニ弁当は暖め方が難しい。唐揚げの表面はアツアツなのに、芯は生ぬるいなんてことが良くある。変に暖かい漬物をかじる時なんかも、ちょっと嫌だ。
と言うことで、最後にホカ弁が残ることになる。

実は、ホカ弁すらも足元に及ばないくらいにアウトドアに適した弁当がある。それは、ランチジャー弁当。その保温性の高さを活かして、アツアツのスープまで弁当のメニューに加えることが出来るという優れものである。
ただしこの弁当は、作業着についたホコリを払いながら、工事現場の昼休みに周囲に転がっている建材の上なんかにドッカと腰を下ろして食べる、というかなり特殊な状況で食べてこそ、その真価が発揮される弁当なので、ここでは取り敢えずパスしたい。

さて、ホカ弁。
ホカ弁にも色々なメニューがあるが、何を食べるべきか?
自分としては、ここはノリ弁を強く推したい。何と言っても、その姿が実に健気である。
トンカツ弁当などは、ご飯とオカズとが別々の容器に入っていて、何だか高慢に取り澄ました印象を受ける。3つに区切られたオカズの容器の一番広いスペースに、千切りキャベツを従えたトンカツが偉そうな顔をして座っていて、その上に個室を与えられたポテトサラダと漬物なんかが、これもまた分不相応にふんぞり返っている様子は、何かちょっと嫌だ。例えて言うならば、新築一戸建ての4LDKの窓からこちらを見下ろしているような感じ。

その点、ノリ弁は好感が持てる。
ご飯とオカズが一つの容器に収まっていて、経費削減に努めています、地球に優しい弁当です、とアピールする姿勢が何とも微笑ましい。少しも気取ったところが無い。例えて言うならば、古いアパートに家族3人が肩を寄せ合って暮らしている感じ。狭いアパートで暮らしている自分としては、断然ノリ弁に肩入れしたくなってしまう。

と言うことで、外で食べる弁当として一番相応しいのはノリ弁だと言うことはここまでの説明で明らかになったものと思う。取り敢えずそういうことにしておかないと、これから話の進めようがないので、強引にそういうことにしておく。
それだったらシャケ弁でも良いんじゃないの?なんて至極当然な反論は一切無視して話を続ける。

ノリ弁を買って、近くの公園のベンチに座って食べ始めたとしよう。ここで気をつけたいのは、ノリ弁を食べ進める手順である。まさかノリ弁の構成を知らない人はいないと思うが、一応説明しておこう。
ご飯の上にノリが敷き詰められていて、その上に白身魚のフライとチクワが乗っている、というのが一般的なノリ弁の姿だ。この構成は、日本全国どの店で買っても大差はないはずである。日本ノリ弁普及協会に問い合わせたところ、そういう認識で良いでしょう、というお墨付きをもらったから間違いは無いはずである。
え?日本ノリ弁普及協会なんて聞いたことがないって?自分もそんな団体は知らないけど、日本のどこかにそんな団体があっても良いと思う。あった方が面白いとは思いませんか?ってことで、強引に次へ。

えーっと、何の話だったっけ?あ、そうそう、ノリ弁を食べる手順だった。ビールを飲みながら書いているので、あちこちに話が飛んでしまってどうもいけない。これでも、一応のプロットを決めてから書き始めるのだけど、いつも気付くと話が脱線してしまって、反省すること仕切りである。こんな駄文でも、それなりに頭を使って書いているんです、という真摯な姿勢をアピールしておきつつ、話を進める。

まずは、チクワから食べ始めたい。何故チクワからなのか?それは、いつも自分はチクワから食べ始めるから。
これをフライから食べ始めると、思わぬ災難に遭遇する危険性がある。実際に災難に遭った自分の体験談を以下に記してみよう。


ノリ弁を買って見晴らしの良い公園のベンチに座って、おもむろに弁当を広げた時のこと。
いつもなら迷わずチクワに手を延ばすところを、その日は何故かフライに箸をつけた。フライを箸で持ち上げたところ、思わずフライにチクワがくっついて来た。フライの重さだけを予期していた右手は、予想外のチクワの重みにパニックに陥り、大脳からの「落ち着け!しっかり持て!」と言う命令を無視して、何とかこの事態を自力で収拾しようと先走り、箸を握る右手の親指と人差し指に不自然な力を加えた結果、フライは無惨にも箸の間をすり抜け、足元にポトリと落下。


うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ノーォォォォォォォォォ!!!


足元に落ちたフライとチクワを見ながら、ムンクの「叫び」状態にしばし陥る。


砂まみれになったフライとチクワを取り上げながら、何とか一口でも食べられる部分は無いかと念入りに確認する自分が悲しい。
いつまでも嘆いてばかりはいられない。残されたメンバーで何とか食べ切る方法を考えなければ。
しかし、フライとチクワを失ってしまった痛手は計り知れないものがある。

将棋で言えば飛車角落ち、水戸黄門で言えば助さん角さん抜きで悪代官一味に立ち向かうようなものだ。
しかし、目の前にノリ弁はある。食べないわけには行かない。改めてノリ弁制服計画を練り直す。

まず、ノリの下に横たわっているご飯を悪代官に見立てる。その悪代官の上にダラっとだらしなく横たわっているのは、この物語の主人公である黄門様。角さん助さんという両輪を失ってしまった今、頼るべきは黄門様扮する無愛想なノリしかない。意を決して箸で一口分のご飯をすくい口に運ぶと、ノリの下に敷かれたオカカの思いがけずナイスな味わいが口一杯に広がる。
おお、君はオカカに扮した風車の弥七じゃないか!
そう、君は角さん助さんの派手な活躍に嫉妬することもなく、縁の下の力持ち的な役割を淡々とこなしてくれたね。
「ご隠居、何か匂いますぜ」
なんて中途半端なレポートに、
「何が匂うんだよ、ちゃんと状況を把握してからレポートしなさい」
なんてテレビの前で突っ込んでいた自分をどうか許してくれ。

そんな自分の視線に飛び込んできたのは、弁当の奥でちんまりと佇んでいる、うっかり八兵衛扮するところの金平ゴボウ。この状況下では、あの情けない八兵衛扮すらも頼もしく見えてしまう。その横には、黒と茶色のオカズ軍団の中で文字通り紅一点の輝きを放っている、由美かおる扮するところのピンクの漬物。
いつもならば一口で片付けてしまうオカズ連中だが、今回ばかりは事情が違う。風車の弥七扮するところのオカカは、弁当の半分しか敷かれていない。調子に乗って八兵衛と由美かおるをここで食べてしまうと、残りの半分はご老体の黄門様のみに頼ってしまうことになる。いかに見事な杖さばきで敵をなぎ倒す黄門様とても、この先単身で悪代官一味に挑むのは困難だろう。弥七が現役の間は、八兵衛と由美かおるを温存しておくべきだ。

黄門様と弥七のコンビで、何とか半分まで食べ進んだ。ここからの主役は八兵衛と由美かおるだ。金平を1本だけ取り上げて軽く噛み、口の中が金平モードになっている間に素早くご飯を押し込む。次に漬物をこれもまた前歯の先で軽く噛んでから、おもむろにご飯を押し込む。
いつもだったら金平と漬物なんて真っ先に片付けるのだけど、こうして一口づつ噛み締めながら味わうと、今まで邪険に扱ってすまなかった、と思わず頭を下げてしまいたい気分になる。

そんなこんなで、何とか悪代官一味を退治した黄門様一行。
すっかりヘロヘロになった黄門様は、「もうノリ弁の看板は下ろして、チクワフライ弁当とでも改名しようかと思う。これじゃあ身体が持たんよ」と、八兵衛にそっと耳打ちをするのであった。
これにて一件落着!


結局何が言いたいのかと言うと、メインのオカズを落とすとしばらく立ち直れなくなるくらいのショックを受けるから、気をつけてね、ということかな。




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