銭湯へ行こう 




最近は街中で銭湯を見かける機会がめっきりと減ってきているような気がします。昔ながらの風呂無しアパートが取り壊され、代わりにバス・トイレ完備のアパートが新築されれば、銭湯に対する需要が減るのも当然です。しかし、各銭湯のオーナーは様々な手段で生き残り策を講じています。従来の番台をやめてフロント方式にしたり、戸外に露天風呂の風情の湯船を増設したり、サウナルームを併設したりと、あの手この手で新規顧客開拓に躍起です。
こういう新しい銭湯も良いのですが、昔ながらの銭湯もなかなか風情があっていいものです。派手な色使いで描かれた富士山を眺めながら湯船に浸かり、扇風機の前で涼みながらフルーツ牛乳をゴクリ。美味かったなあ、あのフルーツ牛乳。今回のテーマとは全く関係ありませんが、牛乳はビン牛乳に限ります。紙パックの牛乳なんて、自分は牛乳とは認めません。

銭湯の料金は、自分が学生の頃は確か280円くらいだったと思います。今考えると大した金額では無いのですが、赤貧にまみれていた当時の自分にとっては、毎日銭湯に通うなど、夢のまた夢のような贅沢でした。夏は一週間に3〜4回、冬は1〜2回というのが平均的な銭湯通いのペースでした。新陳代謝が活発な頃ですから、1〜2日くらい風呂に入らないとすぐに身体中ベトベトした感じになり、頭もかゆくなったりで、特に夏などは閉口したものです。我慢の限界を超えると、キッチンの蛇口の下に頭を突っ込んで、ガシガシと頭を洗ったりしていました。さすがに、キッチンのシンクに水を溜めて入浴する、という荒業は試したことはありませんが(笑)。

一時期「コインシャワー」なるものが流行ったことがありました。100円玉1枚で5分間シャワーを浴びることが出来るという代物です。さすがに5分間では身体と頭を一通り洗うということは至難の技ですが、10分間ならば充分に可能です。と言うことは、銭湯に比べてコインシャワーの方が100円程安上がりなわけです。貧乏学生にとってこの100円の差と言うのは、グレート・ブリテン島とヨーロッパ大陸とを隔てるドーバー海峡ほどにも大きなものです(若干デフォルメ)。
この貴重な100円玉を浮かすべく、「神田川」よろしく洗面器に石鹸とシャンプーを詰めてコインシャワーへと向かった自分。「洗い髪が芯まで冷え」るまで、自分を待ってくれる相手はその当時いませんでしたが。あ、今もいないか(笑)。

10分間という限られた時間内で頭のてっぺんから足の先まできれいにするべく、何度も頭の中でイメージトレーニングを重ねて来た自分は、服を脱ぎ、コイン投入口に100円玉2枚を入れて、勢い良く流れ出すシャワーの元に身体を入れました。
イメージトレーニング通りにまずは身体を石鹸で洗い流し、頭にシャンプーを振りかけてガシガシと洗い始めたその瞬間、シャワーが「ゴゴゴ、ブブブ」という原始的な音を立てて止まってしまったのです!
「え、まだ10分経って無いだろ?」
そう思いながら、何度もシャワーの吹き出し口とコイン投入口との間で視線を往復させる自分。コイン投入口の説明書きに気付いた時には、身体は既に冷え始めていました。
「100円玉1枚につき5分間シャワーが出ます。続けて使用する場合は、シャワーが止まってから追加のコインを入れて下さい。最初にまとめてコインを入れても、5分間しかシャワーは出ません

ジーザス!そういうことは最初に言ってよ。いや、もちろん自分の不注意なんだけどさ(泣)。
キッチリと200円しか持っていなかった自分は、頭の泡を洗い流すすべも無く、インド人よろしくバスタオルを頭に巻いて帰りました。アパートに辿り着いてから、すぐにキッチンの蛇口の下に頭を突っ込んだのは言うまでもありません(笑)。

そんなこんなですっかりコインシャワーに懲りた自分は、「やっぱり銭湯が一番」とばかりに、また銭湯通いを始めました。

銭湯が一番混むのは、夕食後の8時〜9時くらいです。自分はなるべくこの時間帯は避けるようにしていたのですが、やむなくこのラッシュ時に入浴することも時々ありました。その日は何かの都合でたまたま9時くらいに近所の銭湯に出掛けたのですが、悲劇はその時に起こりました。

服を脱いで浴場に足を踏み入れると、洗い場は全て塞がっています。洗面器を抱えながら空きを探していると、運良く目の前の洗い場が空きました。ラッキーとばかりにその場に陣取り、身体を洗い始めた自分。一通り身体を洗い終えて一息つくと、自分の両脇に座っていた人達が次々に風呂からあがり、一瞬の間ちょっとした貸切状態になりました。「これは快適」とばかりにシャンプーを頭に振りかけ、隣を気にする事無くガシガシと頭を洗い始めました。

それから程なく、自分の両脇に人が座る気配がありました。どうやら両脇の2人は友人同士らしく、自分の頭越しに会話をしている様子。頭だけでなく、顔中シャンプーの泡だらけで顔を上げることの出来ない自分の耳に入ってきたのは、何とも野太い声のやり取りでした。

「まったく、オヤジにも困ったもんだよな」
「そうっすよ、自分ら下の人間の気持なんて全然分かって無いっすから。アニキからも何とか言ってやって下さいよ」
「まあ、そうカリカリすんなよ。オヤジの気まぐれは今に始まったことじゃねえからよ」

妙に男っぽい会話を聞きながら、恐るおそる顔を上げて横を見てみると、見事な天女の彫り物が!
おいおい、マジかよ、なんて思いながら180度首を曲げた自分の視界に飛びこんできたのは、これまた見事な般若の彫り物!

男っぽさ爆発の2人に挟まれた自分は、それまでの快適さはどこへやら、ひたすら小さくなって、両脇ににシャンプーの泡を飛ばさないように細心の注意を払いながら
、頭を洗いました。
たった今流したばかりの汗とは違った汗が、腋の下から背中から、じっとりと流れて来るのがわかるほどの緊張感でした。

こんなに良い汗を流したのは、後にも先にもこの時だけです。どうです、今すぐにでも銭湯に行きたくなってきたでしょ(笑)?




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